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zoom RSS 映画評「ロック・ザ・カスバ!」

<<   作成日時 : 2017/02/21 08:17   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2015年アメリカ映画 監督バリー・レヴィンスン
ネタバレあり

主人公ビル・マーレイは落ち目のマネージャーという設定だが、本作のメガフォンを取ったバリー・レヴィンスンも落ち目で、色々作らせて貰ってはいるが本領発揮とは言えないものばかり続いている。

マーレイは一向に売れない女性歌手ゾーイ・デシャネルを治安が未だに良くないアフガニスタンのコンサートに参加させるが、米軍兵士が迎える中、荷物がなくなり、肝心のゾーイが彼の金を持って失踪してしまう。困っているところへ怪しい二人組に頼まれて武器を運ぶ仕事を引き受ける羽目になってある村へ泊る。そこの洞窟で村長の娘リーム・ルバニーが美しい声で歌うのを聞いた彼は、マネージャー心がうずいて彼女を、アフガンで行われているオーディション番組に参加させようと決意する。
 ところが、女性が歌を歌うのはイスラム教の教条に反すると言い、原理主義者タリバンのような連中が、村へ戻った彼女たちを殺そうと襲い掛かって来る。戦闘模様は省いて、決勝に進出した彼女の歌う姿を映してジ・エンド。

半ば実話らしく、映画はモデルとなった女性の勇気を称えているが、彼女は西洋にでも渡らない限りまともに歌は歌えないだろう。

そこで考える。千年前色々な分野で世界をリードしていたイスラム圏が西洋にも極東にも後れを取ったのは、イスラム教の教条とそれを頑なに守る思想の硬直性にあると思う。仏教の国もキリスト教の国もある時点で女性の自由や権利を認め始め(日本は最初、寧ろ女性が強い国だったはずである。女性の自由が失われるのは・・・恐らく江戸時代に・・・儒教が定着したことによる)、やがて宗教の上に法律が立った。そこで科学全般が劇的に進歩する土壌が完成したと思っている。それがイスラム教は未だ完全には出来ていない。
 タリバンによれば、女性は勉強してはならず、働いてもダメ、肌を見せるスポーツは勿論厳禁、本作で知ったことには歌も歌ってはダメ。今はそんなことはないが、タリバン政権下では、夫に死なれた母子家庭は働けないので死ぬしかなったのである(映画「アフガン零年」より)。
 自分たちの教条を守るのは良いとして、その為に西洋文明を批判まして破壊するのはまずいだろう。偶像と称して古代遺跡を破壊するのも甚だしい考え違い。

そんな対立する文明の人々が出会うのが本作で、「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年)では日本で困ってしまったマーレイ氏が文化の狭間でもっと深刻な状況に陥ってしまうというのが面白い。
 映画作家と言われる人となれば、クエンティン・タランティーノのように何分か見れば彼の作品と分る監督は少なくないが、マーレイのようにムードだけでなく内容までも決定してしまうような俳優は少ない。本作など彼の為に書かれたお話のような気さえする。監督のレヴィンスンは、与えられた仕事を淡々とこなしただけという印象。

ビル・マーレイが実は苦手な僕であります。

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