プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画評「マクベス」(2015年)

<<   作成日時 : 2017/02/20 08:59   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2015年イギリス=フランス=アメリカ合作映画 監督ジャスティン・カーゼル
ネタバレあり

ウィリアム・シェークスピアの四大悲劇の一つ。勿論何度も映画化されているが、僕はロマン・ポランスキーの「マクベス」(1971年)が断然好きである。シェークスピアの映画化作品の中でも1,2位を争う。

11世紀のスコットランド、一領主のマクベス(マイケル・ファスベンダー)は、3人の魔女に、将来国王になるが、後の王は盟友バンクォー(パディ・コンシダイン)の子孫が継ぐと予言される。これを聞いたマクベス夫人(マリオン・コティヤール)は領地を訪れるダンカン王(デーヴィッド・シューリス)を殺せと教唆する。彼は悩んだ末に実行し、責任を付き人や逃げた王子に責任を負わせて王位に就くと共に、バンクォー父子に刺客を差し向けるが、子供には逃げられてしまう。
 マクベスの暴政を呪う声が全国に広まった為、再び魔女に予言を求めると「パーナムの森が動くまで安泰である。女の腹から生まれた人間には殺されない」と言われる。森は動くことはないし、人は女性から生まれるわけで、自然死するまで王位が保たれると彼は理解するが、マクダフ(ショーン・ハリス)が木の枝で身を覆って軍隊を動かした上に「早産で母親の腹を突き破って生まれた」と言い放つ。万事休す。

実はこれは原作のお話であり、映画における変更が気に入らないからそのまま書いた。この映画版は燃える森が脅威となっている為、「おおっ、森が動いている」という原作や以前の映画版で味わった感動が生まれない。マクベス夫人に死に至る経緯も拙速で、最初は強気だった彼女が罪の意識から発狂して手を洗っても洗っても血を落とせないと思い込む描写がないので肩透かしを食らう。手を洗う場面はあるが淡々としてい、しかも彼女が観る幻想は序盤に処理した子供の霊という戯曲にはないものに変えられている。
 「マクベス」の二大見せ場と言っても過言ではない場面が変更されていたのでは物足りない印象を覚えるのはやむを得まい。

ポランスキー版では最後マクベスの首が斬り落とされる凄惨さで度肝を抜かれたが、本作では死にもしない。いかにも現在的に虚しさを強調した格好になっているが、ちと気取りすぎだろう。にもかかわらず、採点はかなり良くした。ポランスキー版の映画的リアリズムと戯曲の重厚さを併せ持った魅力には及ばないものの、近年の史劇としては図抜けて重厚で美しい画面構成ではあるし、メロディアスになりすぎない背景音楽も素晴らしいので、出血サーヴィスした形。

魔女の風体も通常の女性であるようにリアリズムを前面に出した作りで、そのせいもあって判別しにくくなった登場人物を区別しやすいように見た目を工夫すればもっと良くなったと思う。

マクベス、お前もか。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画評「マクベス」(2015年) プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる