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zoom RSS 映画評「サウルの息子」

<<   作成日時 : 2017/02/15 08:59   >>

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☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2015年ハンガリー映画 監督ネメシュ・ラースロー
ネタバレあり

ホロコーストものは無数にあるが、収容所内部だけをテーマにした長編劇映画はほぼない。これは最近ご無沙汰だったハンガリー映画の力作で、監督は新鋭ネメシュ・ラースロー。ご存知のようにハンガリーの名前は日本と同じく苗字+名前だから、西洋風に直すとラースロー・ネメシュ。

1944年、アウシュヴィッツでのお話。開巻直後に収容所内の役務であるゾンダーコマンド(死体運搬人)の説明があるが、この硬いカタカナ語がSF映画のようなイメージを誘発して余り良くない。他の用語はないだろうか。

同胞をガス室に送りその後死体の処理をするゾンダーコマンドであるハンガリー人サウル(ルーリグ・ケーザ)は、ある時絶命しなかった少年を発見し、収容所の仲間である医師に救命を頼む。許されるわけもなく結局少年は死ぬが、サウルは少年を「自分の息子」と称し、所内にいるであろうラビを探してきちんと埋葬するという願望を持ち始める。

というお話は単純で、死に行く人々をガス室に移送し、死体を運搬して、やがてその灰を川に流す。という凄絶というほかない描写の連続で観ているこちらが収容所内にいるが如く重苦しくなる。
 そんな気分を醸成する要因は、恐らく全体の7割くらいを占める背後から主人公を追うバストショットにあるだろう。彼に同行する気分を感じるからではないか。
 また、彼の視線が見えないことで、その行動がナチスの命令であったり、或いは彼の内部に芽生えた狂気とも言える強迫観念によるもの、即ち一般的な自由意志ではないということを想像させ、観客に名状しがたいやるせなさを覚えさせる効果があるような気もする。

彼が自分の子供でもない少年を子供と称してきちんと埋めようとするのは何故か? ユダヤ教徒は天国での復活を信じているため土葬が絶対であることを知っている必要がある。そして、この死んだ少年が彼にとってユダヤ人全体を意味するものになってしまったのではないか。少なくとも映画の解釈上はそれで間違いないだろう。民族の尊厳が彼の行動により寓意的に示されているのである。

ソ連のイリーンが児童向けに人間の進歩の歴史を綴った「人間の歴史」という本を読んだ。まだまだ人間は進歩の過程にある。共産主義の至高性賛美が背後に揺曳するとは言え、立派な本だった。反面教師としてヒトラーの「わが闘争」も読み始めた。自分の生涯からして嘘ばかりを書いている本の何を信用すれば良いのか。

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サウルの息子〜失われた少年時代を求めて
公式サイト。ハンガリー映画。原題:Saul fia。英題:Son of Saul。ネメシュ・ラースロー監督。ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン、トッド・シャルモン、ジョー ... ...続きを見る
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