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zoom RSS 映画評「僕だけがいない街」

<<   作成日時 : 2017/01/13 09:38   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2016年日本映画 監督・平川雄一朗
ネタバレあり

このところ日本のSF映画にタイム・トラヴェルものが目立つ。本作はタイム・トラヴェルという言葉は一切出て来ないが、その範疇に入るもので、タイプとしては「アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜」と同じ精神移動型である。

事件や事故に遭遇すると、その原因の発生する直前に戻る特性を持つ売れない漫画家・藤原竜也が、事故に遭う子供を救った時に負傷する。その為に北海道から母親・石田ゆり子が上京し、バイト先の同僚・有村架純が見舞いに来る。
 が、彼が例の現象を味わっている間に誘拐未遂に気付いた母親が何者かに殺され、犯人を追いかけた結果彼が容疑者になってしまう。その直後彼の精神は彼が10歳(中川翼)の冬に舞い戻り、連続誘拐殺人の被害者になる同級生の少女・鈴木梨央の事件と、母の死が関係あることに気付き、何とか事件を未然に防ごうと奮闘する。

というお話で、前半から中盤にかけては主人公が母の死を回避すべく懸命に過去を変えようとするサスペンスフルな展開で、「バタフライ・エフェクト」(2004年)を思い出させたりもする。あの作品のように一つ過去を変えると別の問題が生じるということはないが、彼女を救っても犯人が特定しないと(犯人に思い至ったらしい)母の死は避けられないと気づく後半は、少年探偵として活躍するちょっとしたミステリーの趣。

彼が追い詰めた結果犯人は北海道から逃げ出す。その結果悲劇は回避され、彼も売れっ子の漫画家になる代わりに、精神的に彼をバックアップした架純嬢とは赤の他人になってしまう。彼女が彼の書いた漫画(メタフィクション的な設定)の愛読者であるということを除いては。

サスペンス仕立ての前半は非常に面白い。SF的に追及していくと訳の分からない部分がチラホラ出て来るし、ミステリーとして詰めの甘いところもあるが、それを指摘すると“やぶへび”になりかねない程度の問題である。

基本的な問題としては青年の能力、というよりそういう能力を持つ青年を主人公にした設定が十分には生かされていない感がある。竜頭蛇尾というか、どうもスッキリしない。が、個人的には、終幕の扱いの悪さがそれ以上に気になる。真犯人との対決場面での面倒くさい会話やその結果が日本映画の悪い面として現れ、どうにもいけないのだ。
 後味も決して良くない。新しい映画なのでそれについて具体的に述べるのは控えることにするが、まあ推して知るべしだろう。

原作は三部けいという人のコミックで、本作公開前にTVアニメ・シリーズも放映されていたらしい。
 allcinemaのベテランたちはこういう映画は観ないので、"Yahoo!映画"を覗いてみたが、例によって原作ファンがわめいている。どういう風に作っても大概気に入らないのだから見なけりゃ良いのに。映画として何が良くて何が悪いのか知りたい映画ファンには原作ファンの感想は何の参考にもならない。

最後に、どうでも良いことだが、時代考証的な指摘をば。
 1988年に先生が主人公に“緊張する”の意味で“痺れる”という単語を使うが、これはない。僕の記憶では、1990年代の後半、読売ジャイアンツ時代の清原選手がヒーロー・インタビューで使って以来(その時清原自身が説明していたように思う)一気にTV局に普及したものである。それまで聞いたこともなかったはずなのに、それ以降アナウンサーたちが“緊張する”“どきどきする”の代わりに“痺れる”を当たり前のように使い始めた。

YAをターゲットにした作品が多すぎる。“大人向け”と言われる邦画は型にはまってやはり面白くない。洋画は一部のメジャー作品を除き淋しい扱いをされている。映画ファンにとっては氷河期だ。

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僕だけがいない街
公式サイト。三部けい原作、平川雄一朗監督。藤原竜也、有村架純、石田ゆり子、及川光博、鈴木梨央、中川翼、杉本哲太、林遣都、福士誠治、森カンナ。2006年を中心に1988年に遡り、 ... ...続きを見る
佐藤秀の徒然幻視録
2017/01/13 10:19
「僕だけがいない街」
原作漫画は未読なのだけれど、タイムリープ物としてなかなか面白かった。キーワードとなるあの言葉を最初に言い出したのは誰?というような議論を息子と楽しめたのも、前のページに戻って解決することができない映画ならでは。粗筋としては…以下多少のネタバレです。藤沼悟(藤原竜也)は北海道から上京してきたうだつの上がらない漫画家志望で、ピザの配達のバイトをしながらアパート暮らしをしているのだが、ある頃から自分に不思議な能力が備わっていることに気付く。何気なく日常を過ごしていると、ある時ふっと時空が歪み、数分前の... ...続きを見る
ここなつ映画レビュー
2017/01/13 12:33
僕だけがいない街 ★★★
三部けいの大ヒット・コミックスを「カイジ 人生逆転ゲーム」「るろうに剣心 伝説の最期編」の藤原竜也主演で実写映画化したミステリー・サスペンス。“リバイバル”という不思議な現象に巻き込まれた青年が、現在と小学校時代を行き来しながら誘拐殺人事件の回避と真犯人... ...続きを見る
パピとママ映画のblog
2017/01/13 14:16
僕だけがいない街
上映時間 120分 原作 三部けい『僕だけがいない街』カドカワコミックス・エース 脚本 後藤法子 監督 平川雄一朗 音楽 林ゆうき 出演 藤原竜也/有村架純/及川光博/鈴木梨央/中川翼/林遣都/安藤玉恵/福士誠治/杉本哲太/石田ゆり子 ピザ屋でアルバイトする売れない漫画家の... ...続きを見る
to Heart
2017/01/14 11:37
『僕だけがいない街』('16初鑑賞28・劇場)
☆☆☆−− (10段階評価で 6) 3月19日(土) 109シネマズHAT神戸 シアター7にて 12:20の回を鑑賞。 ...続きを見る
みはいる・BのB
2017/01/15 20:13

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 小学五年生からSFマガジンを取っていて、現在も愛読しているぼくのようなマニアからすると、2000年以降の洋画のSFは、概ね、筋道だったものが多く見られうれしい限りですね(「インターステラー」など)

 本格でなくとも、SFの要素をうまく取り入れて映画として成功いればいいわけで、「バタフライ・エフェクト」「アバウト・タイム〜」なんかはいい例でしょう・・。

>一気にTV局に普及した

「痺れる場面が続きます・・」などというやつですね。
小説などの例文集を集めた日本語インフォケーションにも、この手の使い方は載っていませんからね・・。

薬物患者の手記を読むと、多くが、ドラッグの快感や体に作用する状況を微に入り細にわたってある意味、詩的に書き綴っているのですが、そういう経験が清原をしてあのシーンで言わしめたのかも・・。

中曽根康弘は戦前は合法だったヒロポンを活用して英語を覚えましたし、大麻よりも習慣性が少なく正規の薬を適量に使用するならば副作用も皆無というLSDなんかは、ビートルズもスティーブ・ジョブズも毎日のようにやってラリッてました(笑)
ジョブズなど、LSDがなければアップルの成功は覚束なかったとさえ言っています。

彼らのようなヴィジョナリー・ヴァンガードはともかく、ぼくのような凡人は、いくらヤッたとしてもふやけるぐらいで代わり映えしないでしょうが、いつの世にも天才はいて、彼らが文化を創造してくれる手助けになるならばドラッグは一概に悪とは言えないでしょうね・・。



浅野佑都
2017/01/13 12:02
浅野佑都さん、こんにちは。

>小学五年生からSFマガジンを取って
おおーっ、そうでしたか。
僕は同じ頃、兄の友達から大量のSF小説(文庫本)を貰って数年間読み続けましたが、ニューウェーヴSFなんてのが入っていまして訳が解らないやと思ううちに、海外のものは敬遠するようになってしまいました。

>2000年以降の洋画のSF
日本映画では、SF的要素例えば時間旅行をギミックとして使うレベルに留まりSF映画と言えるのは案外限られていますが、洋画は本格的なものが多くて良いですね。
近年作での僕のお薦めは、1年ほど前に観た「プリデスティネーション」。ハインラインの映画化で、実にしっかり作られていました。

>「痺れる場面が続きます・・」
極端に言えば、翌日から当たり前のようにアナウンサーが使い始めましたね。「こういう意味で使っていますよ」という説明がなかったので、「陶酔する」という意味での使い方しか知らない人々を混乱させましたよね、きっと。

この言葉が野球界では当たり前のように使われていたのか、清原氏が生み出した言葉なのか判然としませんが、後者であるとすれば麻薬体験と結びつけるのは面白いですね。十分ありえそうな感じ。

>凡人は、いくらヤッたとしてもふやけるぐらいで
まあ、そうですね^^;
悪人のお金儲けに貢献しないことと、常習性を回避できれば、酒、タバコより有益なのかもです。
19世紀まで欧米人がアヘンをそのような目的で使っていた形跡が「アンナ・カレーニナ」などを読んでもありますね。殆どの映画化では扱われていませんが、アンナはアヘンを嗜んでいました。トルストイもそれをとりたてて悪とは描いていなかったように思います。
オカピー
2017/01/13 18:44

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