プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画評「生きる歓び」

<<   作成日時 : 2016/11/18 08:38   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 2

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1961年フランス=イタリア合作映画 監督ルネ・クレマン
ネタバレあり

太陽がいっぱい」に続いてルネ・クレマンがアラン・ドロンを主演にこしらえた作品で、前作とは打って変わってブラック・コメディー。前回観たのは40年くらい前で、続いて観るチャンスがあった10年前には事情があって途中で止め、それ以来の鑑賞。フェリーニ風に言えば2・1/4回目である。

1921年ローマ、兵役を終えたドロンが戦友と気の向くままに力をつけ始めたファシストの黒シャツ隊に入隊、敵対するアナーキストのビラを印刷した印刷所を探し出してスパイすることにする。彼は印刷所一家の娘バルバラ・ラスが気に入り、しかも一家自体がアナーキストと判った為、従業員として居つくことを決め、敵ではないかと怪しまれると、屋根裏に住んでいる変人の祖父カルロ・ピザカーネの知恵を拝借してアナーキストの中央が送った幹部の振りをして信頼を得る。
 そんなある時VIPが平和博に訪れるため、危険分子として悪名高い一家はいつも通り予防的に投獄される。若いカップルは刑務所と一体を成す教会にある抜け穴を使って外に出るが、その頃本当のアナーキストが爆弾を仕掛けまわり、今ではバルバラが目的となったドロンは疑われたり無辜の人々が犠牲になったりするのが嫌で爆弾を回収しまわる。

最初から最後まで多重の嘘がかき回すシチュエーション・コメディー的着想だけでもかなり楽しめるが、テロを巡る不穏なドタバタと、ドロンがバルバラをものにする為に行動を続けることとのギャップが可笑しく、ブラック・コメディーぶりが際立つ。悪名高い一家が予防的に投獄されるという着想が愉快で、それも始終行われているのでお馴染みになって官憲となあなあの関係になっているという辺り、泥臭さ寸前のイタリア的可笑し味がある。教会にある穴の使い方もなかなか上手い。

イタリア配役陣のコメディー演技が快調。一方、ドロンのコメディー演技を僕は軽視するものではないが、彼は「太陽がいっぱい」のような影のある役の方が概して実力を発揮できるように思う。

終始軽い調子のドタバタではあるけれど、自由を沈潜させたテーマは案外重い。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
『生きる歓び』@〜アクシデントの効用〜
 ジャン・コクトーは、詩人であるとともに、映画人、小説家、舞台演出家、評論活動家等々、芸術全般に渡って活躍した才人でした。彼は19世紀終わりからのフランスで、文化・芸術の最も繁栄していた「ベル・エポック」の時代以降を疾走し、センセーショナルなコクトー芸術を確立していきました。 世紀末とベル・エポックの文化 福井 憲彦 / 山川出版社 ...続きを見る
時代の情景
2016/11/23 19:53
『生きる歓び』A〜ルネ・クレマン、ルキノ・ヴィスコンティへのライバル意識〜
 イタリアの「ネオ・リアリズモ」作品で活躍していた当時のルキノ・ヴィスコンティは、『揺れる大地』』(1948年)と『若者のすべて』(1960年)を撮り終えたときに将来的に描きたい映画作品のテーマについて、恐らく彼の当時のライフワークの指標・目標としてだと思いますが、次のように述懐しています。 揺れる大地 海の挿話 / 紀伊國屋書店 ...続きを見る
時代の情景
2016/11/23 19:54

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
オカピーさん、久しぶりのアラン・ドロンの記事、嬉しかったです。
この作品以降、ルネ・クレマンは、何故か、ルキノ・ヴィスコンティを意識しているように思えて仕方ないんですよ。
この作品に関しては、「若者のすべて」のロッコから家族や故郷のしがらみを解放するとユリスのような明るい青年になるのではないでしょうか(笑)。自由という言葉が頻発されることや、聖人という概念を否定していますし・・・。斜陽の貴族(ヴィスコンティ)とファシズムに勝利した共和主義者(クレマン)の違いが、くっきりと浮かび上がっていると思います。
この後、ヴィスコンティは、「山猫」でアラン・ドロンに共和主義者の若手貴族を演じさせましたけれど、またその後、クレマンは「パリは燃えているか」でアラン・ドロンに共和党レジスタンスの闘士を演じさせた。ルネ・クレマンは、随分とヴィスコンティ&アラン・ドロンに振り回されてしまったという印象です(笑)。
それから、私が強く印象に残ったのはヴィスコンティ一家のリナ・モレリです。こんな素敵なお母さんと『山猫』のサリーナ公爵夫人とが同じ女優だとは思えませんでした。
では、また。

それから、本ブログですが、『高校教師』の記事で久しぶりに更新してます。暇な時にご高覧ください。
トム(Tom5k)
URL
2016/11/23 20:47
トムさん、こんにちは。

>久しぶり
本作は、10年前くらいから「今年は見よう」を繰り返して10年経ってしまいました。
記事にしていない、手持ちにある作品は、もう十本はありませんから、丁寧に見ていきましょう。

>ヴィスコンティ&アラン・ドロンに振り回されてしまった
そうなのかもしれません。
そもそもフランス人なのに、イタリア絡みの映画も多く、本作もイタリア人役ですものね。
トムさんのブログを知るまではそういう系統付をしてドロン映画を見てこなかったので、勉強になります。

>リタ・モレリ
それが俳優の凄さですね。
ヴィスコンティは、庶民派でスタートしたシルヴァーナ・マンガーノを貴婦人にしましたね。彼女も腋毛を見せた「にがい米」の頃とは別人のようでした。

>『高校教師』
リアルタイムで映画館で観た作品ですけど、それ以来43年間全く観ていないんですよね。DVDでも買わんと無理ですか。
後でお伺いします。

オカピー
2016/11/23 21:51

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画評「生きる歓び」 プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる