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zoom RSS 映画評「情婦マノン」

<<   作成日時 : 2016/10/26 08:26   >>

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☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1948年フランス映画 監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
ネタバレあり

死んだ恋人の足を持って逆さまに背負うく主人公の姿を見て、ジャン=リュック・ゴダールの「気狂いピエロ」が「情婦マノン」を意識しているのではないかと感じ、観たくなったのでライブラリーから本作を選択した。

殺人逃亡犯ロベール(ミシェル・オークレール)と情婦マノン(セシル・オーブリー)が、ユダヤ難民がイスラエル建国中のパレスチナを目指す船に密航したのを発見されるが、船長はその経緯を聞いてくれる。
 戦時中の1944年にレジスタンス闘士のロベールは市民に迫害されている美少女マノンを隔離し結局その魅力に捉えられて、彼女の兄レオンがいるパリへ向かう。その間に戦争は終わり、贅沢の大好きな彼女はファッションモデルとして働くもお金が足りず、ロベールに兄のヤクザな商売を手伝うように仕向ける。その仕事で恋人がアフリカに行っている間に彼女はこっそり売春婦に転業し、それに気づいた彼は不興を覚えても彼女の魅力に抗しきることができない。
 やがてアメリカの将校と結婚するという彼女の計画が全てレオンの指示であることを知って怒り心頭に発した彼はレオンを殺し、かくして船に密航したという次第。

ここまでは現在と過去とが交互に現れる形だが、過去が中心で、その緊張感がやがて主体となる現在に波及して増幅していく。

船長は話を聞いて同情し二人を一行と共に下ろし、かくして彼らは目的地に向かうが、途上でアラブ人が現れ銃撃を加え、ユダヤ人に先んじてマノンが撃たれ帰らぬ人となる。そして彼は砂漠で暫し遺体を引きずった後足を握って彼女を逆さまに背負って歩く。やがて精も魂も尽き果てると死体を砂漠の下に埋め、自らは最期が訪れるのを待つ。

内容的には、やはり、この最後の現在シークエンスの壮絶さに圧倒される。この作品の後に作られた作品の中に本作の壮絶さに迫り、或いは凌駕した作品があるかもしれない。しかし、戦後3年(日本では5年)の段階でこれを見せられたら僕らもきっと腰を抜かしただろう。

ヒロインが元恋人を運転手に兄と称するヤクザな情夫の許へ行く「気狂いピエロ」と、ヤクザな本当の兄の許へ恋人を連れていく本作と、内容を換骨奪胎しただけで非常に似ている気がする。恋人ないし元恋人が“兄”を殺すのも一緒なら、最後の“後追い自殺”も共通する。
 尤も、本作の原作となった18世紀初頭に安部公房ならぬアベ・プレヴォーが発表した「マノン・レスコー」はファム・ファタール小説の原点と言われ、後世の小説や映画に多大な影響を及ぼしているので「さもありなん」だが、クルーゾーはヌーヴェルヴァーグの作家たちに好かれているとも聞くので、僕はゴダールが案外本作から直接影響を受けたところがあるのではないかと想像する。例えば、マノンが語るボイスオーヴァーをロベールが引き継ぐのはひどく先駆的かつ音楽的であり、非常にゴダールっぽい。終戦直後に何気なくこれをやったクルーゾーの才覚に本当に驚く。

ゴダール若しくはヌーヴェルヴァーグとの関連はともかく、細かいショットを繋いで即実的に簡潔に見せる様が誠に鮮やかで、字余りは勿論字足らずもなく物凄いスピードのテンポで展開している。そう思えなかったとしたら、テンポの意味を間違えていると言うしかない。

前述したように、今となって本作の凄みは解りにくくなっているかもしれないが、頭を素朴にして見れば当時の人の味わった興奮を少しは追想できるだろう。

日本版マノンもありましたなあ

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
1948年・・・生まれる前ですな〜
凄い作品であります。
ねこのひげ
2016/10/30 17:06
ねこのひげさん、こんにちは。

傑作だけれど、余り関心のある人は少ないようです。
寂しいですなあ。
オカピー
2016/10/30 21:44
>・・・余り関心のある人は少ない・・・
私はその少ない人のひとりでございます。
最近、久しぶりに観ました。
クルーゾーのゴダールへの影響は明らかでしょね。「ゴダールの映画史」でもクールゾーの『ピカソ - 天才の秘密』の映像は構成要素だったようです。

>現在と過去とが交互に現れる形だが、過去が中心で、その緊張感がやがて主体となる現在に波及して増幅していく。
クルーゾーのフラッシュ・バックの構成の特徴なのでしょうけれど、素晴らしいですよね。あのラスト・シーンが映画史に残っていることも、その遠因と思うくらいです。
パレスチナに向かっていくラストも緩慢になり得るシークエンスだと思いますが、作品の一貫性が狂っていませんから、オカピーさんの分析は凄いと思います。
それにしても、マノンは、ファム・ファタルにしては可愛い女性(外見だけでなく)です。クルーゾーの表現は悪い環境が悪女を創るというものだったのではないでしょうか?
では、また。
トム(Tom5k)
URL
2016/12/04 16:36
トムさん、こんにちは。

>少ない人にひとり
よかですね!
本文にも記したように今観てもさほどビックリしないでしょうが、70年前の映画の平均を見れば実に凄いことが解るはずです。
まあ、本作を観るのは本当のシネフィルですね。

>クルーゾーのゴダールへの影響
僕は基本的にヤマ勘の人ですから、テキトーなことを言っておるわけでして、トムさんのように書籍で研究されている人に言われるとお墨付きをもらったようで嬉しいですね。

>オカピーさんの分析
まあ、感じたままを書いただけですが、結構格好良く書けましたか(笑)

>ファム・ファタル
そんな感じでしょうね。
悪女型ではなく、所謂小悪魔ですが、やはり兄さんが悪かった。
「深夜の告白」や「白いドレスの女」のような生まれつきの(ような)悪女では、悲劇性が出て来ないですよね。
オカピー
2016/12/04 22:46

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