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zoom RSS 映画評「リトルプリンス 星の王子さまと私」

<<   作成日時 : 2016/10/25 08:25   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
2015年フランス映画 監督マーク・オズボーン
ネタバレあり

アントワーヌ・サン=テグジュペリの有名な「星の王子さま」の直接のアニメ映画化ではなく、ヒロインの小学生少女(声:マッケンジー・フォイ)がその物語を聞く入れ子構造の形で進む。
 それも単純なものではなく、地中海で飛行中に行方を絶ったサン=テグジュペリが生きていたらかくやと思わせる老飛行家(声:ジェフ・ブリッジス)に物語を語らせるという趣向で、しかも「星の王子さま」の主題をヒロインの生活に敷衍させて二重奏を構成、最後には少女と大人になって子供時代をすっかり忘れた星の王子さまが一緒に行動する。言わば、後日談である。

実は主題というのが易しそうで案外難しく、第一の主題「大切なものは目に見えない」はともかく、「(大人になることではなく)忘れることが問題なのだ」という主張をどう解釈するか。「ピーター・パン」と同じように子供の心を忘れて、実際的な人間になってしまうつまらなさという意味と解釈して間違いない一方、「忘れる」は「死」の隠喩ではないかと勝手に考えた。
 王子さまは蛇に咬まれて倒れ、星へ戻ったと信じられている。実際には地球に残って野暮な地球人の大人になっていることが判る展開だが、敢えて曲解すれば、子供であったことを忘れるのは人間として死に等しいということになるのではないか。

さて、登校する前に重態に陥った老飛行家の入院する病院に寄る娘の様子を見て徹底的な人生管理を行ってきた母親(声:レイチェル・マクアダムズ)は大いに反省する。「大切なものは目に見えない」を身をもって経験するのである。かくして母親の必要以上の管理から逃れた少女は自由闊達に学園生活を過ごすことになる。

元来大人向けに書かれた原作を上手く利用して上質なアニメにしていると思う。寧ろ原作より子供向けだろうと思うが、十二分に大人の鑑賞に堪える。日本に輸入されるフランスのアニメは本当にレベルが高い。と言いつつ、フランス資本ながら、監督やオリジナル言語(英語)の声の配役を見ると実質的にアメリカ映画という感じ。

日本だけでなく、どこもかしこもアメリカに頭を下げる。吹き替えではない、英語によるヨーロッパ映画が多くなってきた。中にはアメリカが金を出さないから欧州資本が作らせるというケースもあるのだろうが。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
利益を上げようとすると英語版にせざるを得ないのかもしれませんね。
ねこのひげ
2016/10/30 17:08
ねこのひげさん、こんにちは。

アラン・ドロンのように、アメリカ向けに英語版とそれ以外のフランス語版とを同時に撮るという手法なら良いのですがねえ。当然日本人はフランス語版を見たわけですから。尤も、最近は映画館でも日本語吹き替えですから、英語版もその他の言語も関係ないという人が多く、だからこれが余り問題にならないのでしょう。
オカピー
2016/10/30 21:42

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