プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画評「名探偵ポワロ:アクロイド殺人事件」

<<   作成日時 : 2016/09/16 13:24   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 2

☆☆★(5点/10点満点中)
2000年イギリス=アメリカ合作映画 監督アンドリュー・グリーヴ
ネタバレあり

「『シックス・センス』は映画における『アクロイド殺人事件』である」と言ったら、以心伝心、NHKがそのご本家の映像版を放映してくれた。1989年から2013年まで英国でシリーズ化されたエルキュール・ポワロものの一本。これまた作品評というより映画論・映像論ということになってしまいそうだが、悪しからず。

ずっと以前から「アクロイド殺人事件」はそのままでは映像化できない作品と僕は言ってきた。何故なら文章だけに許される一人称の特性を絶妙に生かした叙述トリックだからである。かの作品における「私」は事実上、自由に登場人物を動かせる創造主(神)であるアガサ・クリスティーと言って良い。つまり、読者はそうした「私」を傍観者、第三者として見ることになり、彼もしくは彼女が犯行に関わっていることなど毫も疑わない。翻って、映画の一人称は、言葉に限れば可能だが、画面については基本的に客観描写が大半を占める。主観により選択された客観描写ということになろうか。

そこで脚本家は、手記を持ち出しながらも、ポワロがそれを読む形で回想する入れ子構造にして完全なる客観描写にした。これにより意外性の質が変わった。原作では書き手が犯人であるというのが意外性の肝であるが、映画版は入れ子構造にすることで書き手が誰であるかを明かさない。書き手が犯人であることを予想させつつ、書き手の正体を謎とする。書き手の正体が意外性となるわけで、三人称叙述への変換としてはなかなか考えたものである。結果的に幕切れは変わってしまったが、仕方があるまい。

40年くらい前に読んだ時は叙述トリックにビックリして他のトリックの評価を完全に忘れた。しかし、今回の映像版から判断すると、犯人のトリック自体もそれなりに面白いではないか!

本作のほうに話を戻すと、TV映画につき全体に腰がなく物足りないものの、ポワロが町中を嗅ぎまわる一連のシークェンスのカメラワークは映画レベルである。名探偵ポワロに扮するのはデーヴィッド・スーシェで、イメージに近いと思われる原作ファンも多いだろう。

昨年亡くなった熊倉一雄が声を当てているので、シルエットだけのポワロをヒッチコックと思ってしまう小生であった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
映画評「砂上の法廷」
☆☆★(5点/10点満点中) 2016年アメリカ映画 監督コートニー・ハント ネタバレあり ...続きを見る
プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]
2017/02/12 08:43

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
広瀬正さんという小説家が一人称で書かれた小説で語り手が実は犯人でした。というのがありましたけどね。
デヴィット・スーシェはまさにポアロでありましたね。
ねこのひげ
2016/09/19 06:02
ねこのひげさん、こんにちは。

横溝正史は「アクロイド」に影響された口らしく、「蝶々殺人事件」は手記の主がそれらしい感じでしたし、「アクロイド」に触れた短編もあったような気がします。あるいは「蝶々」と混同しているかな。

>広瀬正さん
僕は読んでいませんが、割合早く亡くなった方ですよね?
タイトル分りますか?
オカピー
2016/09/19 21:26

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画評「名探偵ポワロ:アクロイド殺人事件」 プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる