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zoom RSS 映画評「クリムゾン・キモノ」

<<   作成日時 : 2016/06/06 09:42   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
1959年アメリカ映画 監督サミュエル・フラー
ネタバレあり

同時代的にはただのB級映画監督すぎなかったのに、ヌーヴェルヴァーグの中でも「カイエ・デュ・シネマ」派の連中が必要以上に持ち上げたせいで、現在では巨匠のように扱われているサミュエル・フラーの本邦未公開作品。その変な傾向を見るとただのB級映画監督ではない一方、それほど持ち上げる必要もないと僕には思われる。

その変な傾向の一つが極東を取り上げることの多さで、本作の姉妹編のようでその4年前に作られた「東京暗黒街 竹の家」などそのデタラメぶりに当時の日本人の保守層は「国辱だ!」と大騒ぎしたそうだが、基本的にはアメリカ人の余りの無知を笑えば良いだけのことである。本作は舞台をロスアンゼルスにしているので、少なくとも「竹の家」ほどヘンテコではない。但し、開巻直後の「赤とんぼ」が途中で中華調になって苦笑。

日本人街の近くで日本風俗をモチーフにして踊っていた白人ヌード・ダンサー、グロリア・ポールが何者かに射殺され、日系二世の刑事ジェームズ繁田と白人の相棒グレン・コーベットが捜査を開始、被害者を描いた絵から数名の容疑者が浮かび上がる。

捜査ものとしてはこういうお話なのであるが、ずっとその線で進むのかと思っていると、突然刑事二人が彼女の絵を描いた閨秀画家ヴィクトリア・ショーを巡る三角関係を描く恋愛映画に変わって、大いにご挨拶に困ってしまうことになる。これは、これ単独で見ればそれなりに面白い。
 ヴィクトリアは実は繁田のほうが好きで、それに気付いている繁田は親友でもある相棒が彼女と結婚すると勝手に決めているのを知り暫し悩むことになる。結局自分の気持ちに素直になることとし、相棒にそれを告げると相手は不愉快そうな顔をする。それを彼は相棒が日系人の自分を差別しているからだと思い込む。

三角関係の中に人種(民族)差別問題を交えるアイデアが一応興味深く、相棒の表情の意味するものが「差別か嫉妬か」を巡りストーリーが進行、遂に突き止めた真犯人による犯行理由の告白から「ああ、やはり嫉妬だったのだ」と事件と恋愛における謎を同時に解決するという幕切れがなかなか洒落ている。
 つまらないと言い切れない所以であるが、それでも3000年くらいの演劇史・映画史の観念から言えば、一般的に性格のはっきりしない作品は高く評価されず、僕もそこに基本を置いているので、すっかり捜査もののつもりで観ていた以上、本作についても一定以上の評価はしかねるのである。全てその限りではないものの、その固定観念をひっくり返すには別の要素(例えば、性格が一貫しないことがその作品の性格であることを納得させるだけの力)が必要である。

描写については、ヌーヴェルヴァーグ的な感覚が見出せるところが幾つかあり、これを見ると彼らがフラーを愛する理由が理解できなくもない。

今話題のヘイト・スピーチ・デモをやっている人間はこの時代の日本人街にタイム・スリップして行ってみると良い。少しはマイナー民族の気持ちも分かるだろう、という作品。

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日系2世の役を演じたジェームズ繁田、立派な主役じゃないか! ...続きを見る
或る日の出来事
2016/07/10 07:15

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
日曜日に緊急会議でグッタリでありました。
で、きょうは臨時休業・・・・・であります。

1924年に排日移民法の成立を見ればわかるように、USAの本質というのは白人至上主義と言えますからな。
現在のアホな連中が同じことをしているのが悲しいことであります。
古代日本では多くの外人・・・帰化人を受け入れることにより発展してきたという事がわかっておりませんな。

ねこのひげ
2016/06/06 10:11
ねこのひげさん、こんにちは。

ああいった活動をしている連中は、基本的に歴史修正主義で、韓国と中国の絡んだものは全て否定しているんですよね。
安部首相の奥方が百済の日本への影響をブログに記載したら炎上したそうですよ。古い日本の書物、例えば「日本書紀」や「懐風藻」などを読みますと、百済の文字が相当出てきて(日本への朝貢の形ですが、技術の輸入がその中でも大いに認められ)否定しようがないのですがね。昔の日本人が書いたことは彼らには嘘なのでしょう。少しも昔の日本人を尊敬していない。

日本人が東西南北の色々な民族が混合して出来上がった民族であることも否定できないのですが、彼らはそういう考えも嫌であるみたいで、キリスト教の創造説のように突然ポンと日本人が出来上がったように思い込もうとしているみたいです。
オカピー
2016/06/06 20:37

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