プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画評「吸血鬼ドラキュラ」

<<   作成日時 : 2016/01/07 09:49   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 1 / コメント 4

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1958年イギリス映画 監督テレンス・フィッシャー
ネタバレあり

半年前に亡くなったクリストファー・リーを偲ぶ放映。

ブラム・ストーカーの小説「ドラキュラ」の映画化は、1か月前に「ダリオ・アルジェントのドラキュラ」を観たばかりなので、その出来栄えの差が歴然と解って面白いが、最初にドラキュラ城に現れるジョナサン・ハーカー(ジョン・ヴァン・アイッゼン)が原作と違って弁護士でなく司書であるという共通性がある。アルジェントはここに関しては原作ではなく本作を下地にしたわけである。
 原作と違ってルーシー(キャロル・マーシュ)が彼の婚約者であり、ミナ(メリッサ・ストリブリング)は彼女にとって友達ではなく義姉。理由はよく解らないが、ミナとルーシーは映画化によってよく役目が入れ替わる。

一番驚いたのはジョナサンがドラキュラを仕留めに訪れた一番手であるという設定で、彼を追って権威のヴァン・ヘルシング教授(ピーター・カッシング)が現れるという形。それも相当早い出番で、ジミー・サングスターの脚本のおかげもあるのだろうが、英国恐怖映画御用達監督テレンス・フィッシャーの展開ぶりは省略を多用して誠にスピーディー。昨今の映画がいかに、無駄とは言わないまでも、なくて良い要素をつぎ込んでいることが解る。拙速ということもあるので、展開が速ければ良いというものでもないが、同じ効果があるならそれに越したことはない。

ルーシーがドラキュラの餌食になり、最初の女吸血鬼同様に杭で仕留められた後、ヘルシングに不信を抱いていたミナの夫アーサー(マイケル・ガフ)がやっと信用して協力、ミステリーばりに城から消えたドラキュラの行方を探っている間にミナがその毒牙に下るが、本作の設定ではすぐに死んだり完全に吸血鬼化したりするわけではない。何回かに分けて血を完全に吸い尽くす必要がある。彼らは吸血鬼化途上にあるミナを利用してドラキュラの再訪を待つ。
 本作では、変身出来ないドラキュラは物理的には人間と同じの筈なのに、何故か気付かないうちに再訪を許してしまう。

その謎のトリックは実際にご覧になってください、といったところで、ドラキュラの能力が人並みなので却ってサスペンス性が高い。ドラキュラの弱い物として、十字架、日光、にんにくというのは勿論定番通りで、吸血鬼のカラー映画第一作と言われている本作で定着したものと思われる。

今となっては大人しすぎると思われる描写でも、当時の観客には相当残酷に思われたらしいし、想像を働かせる部分が多くて却って怖い。想像力を働かせれば、刺激が刺激を呼んでどんどん過激化していく、なんてことも避けられるのだが、観客も楽をしたがるので何事も直截(ちょくせつ)的に過剰になっていく。良くないねえ。

何年ぶりの鑑賞になるだろうか。クリストファー・リーの貴族的な吸血鬼像がやはり魅力的で、同じく品のあるピーター・カッシングとの対決に、僕の世代はワクワクするのだ。本作によりドラキュラ役者になってしまったのはリーにとって不幸なことだったかもしれないが、晩年はファンタジー映画などに多く出演の機会があり良かったと思う。

がらくたが多いハマー・プロの作品の中では傑出した一作と言うべし。

吸血鬼映画は近年作られすぎ。もう秋(飽き)が過ぎて不毛の冬に入っている。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
「吸血鬼ドラキュラ」
クリストファー・リーのドラキュラ。 ...続きを見る
或る日の出来事
2016/03/07 22:51

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
クリストファー・リーとピーター・カッシングは、子供の頃テレビで観たときはどちらも怖い顔にしか見えませんでしたが、大人になって観ると、お二人とも気品のある役者だなとわかるようになりました。イギリスは男女ともすばらしい役者が多いですね。
一人でお茶を
URL
2016/01/10 18:07
nesskoさん、こんにちは。

>クリストファー・リーとピーター・カッシング
40年以上前、確か「ドラキュラ72」という作品の紹介で、二人の横顔が左右相向うように並べてあったのですが、区別がつきませんでしたよ(笑)
 怖い風に見せていたから怖いということもあったのでしょうが、大人になると色々と印象が変わることもありますね。

>イギリス
昨今はともかく、かつては貴族的なムードを漂わす男女優が多かった。貴族という身分のないアメリカからは貴族のムードある俳優がなかなか現れないんですよね。
オカピー
2016/01/10 19:52
昔、CMでオックスフォード大学の現役の学生を起用したのがありましたが、理由が俳優では、オックスフォードの貴族的な雰囲気がどうしても出せなかったので、実際の学生に依頼したという理由を聞いて納得しました。
長い間培ってたものはおのずと違うという事でしょう。
ねこのひげ
2016/01/11 06:39
ねこのひげさん、こんにちは。

伝統というものが、あるようですね。
王侯貴族を演じさせるのに欧州俳優の方が良いのは、そういうことなんでしょう。
元をただせばアメリカの白人も欧州からやってきたのですがねえ。

第一回WBCが始まる前、欧州の人が野球をやるなんてイメージが湧かないとくさした、僕の友人がいますが、アメリカの白人だって欧州人の末裔なんですがねえ。反論した僕も心の中では同意したものでした。
オカピー
2016/01/11 18:45

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画評「吸血鬼ドラキュラ」 プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる