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zoom RSS 映画評「奇跡の人」(1962年版)

<<   作成日時 : 2016/01/30 09:01   >>

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☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1962年アメリカ映画 監督アーサー・ペン
ネタバレあり

ご存じ三重苦ヘレン・ケラーの自叙伝をウィリアム・ギブスンが舞台劇化し、ギブスン本人の脚色に基づきアーサー・ペンが映画化した伝記映画。

四十何年か前に中学の時に地上波吹き替えで観て以来の鑑賞になるだろうか? それとも、その後、原語完全版を観ているだろうか? 余りはっきりしないが、とにかく再鑑賞と相成りました。

ヘレン(パティ・デューク)は生後間もなく病気にかかって目も耳も口も利けない三重苦に苛まれ、父(ヴィクター・ジョリー)母(インガー・スウェンスン)共に憐憫の為にほぼ彼女のなすがままに任せている。目の悪い者などが通う学校を卒業したばかりのアニー・サリヴァン(アン・バンクロフト)は、その環境が教育の邪魔になると同情と憐憫を取り払って厳しく躾けた結果ヘレンは態度を改める。指文字も覚える。しかし、現状ではそれは単に模倣に過ぎない。彼女に言葉の存在を理解させる為に若きサリヴァン先生は奮闘する。

原題「奇跡を行う人」の方が多少解りやすいが、「奇跡の人」はヘレン・ケラーではなく、サリヴァン先生を指す。目が見えず耳が聞こえないのは、哲学的な意味において、人間状態ではない。人間としては全く無の状態と言って良い。感じることや物そのものの認識だけなら原始的な動物でさえできる。言葉がないということは考えることができないということである。映画の大部分は、サリヴァン先生と野生動物状態ヘレンの言わば格闘で、こんな状態を見せられれば否応もなく目が釘付けになろうというもの。

どこまでも甘い両親の許可を何とか得て二週間に限り、家から程離れた小屋で二人だけで過ごした時先生はヘレンに繰り返し水に触れさせ“水”の指文字を憶えさせる。これが奏功して、家に戻って着た後、ヘレンが先生に抵抗して家を出て井戸水に接した時、遂に“水”という言葉の存在を悟る。
 この場面の感動性はもはや言葉にならない。前段でヘレンの動物状態、サリヴァン先生の努力を徹底的に描いているからこその感動である。

本作の面白さ、感度性の大半は舞台劇に由来するものであり、映画の殊勲とは言いにくいものの、監督ペンが映画らしさを出そうと腐心していることがよく解り、格闘場面のカメラワークなど実に的確にして秀逸で、映画的な魅力もそれなりにある。

初鑑賞時、アン・バンクロフトがこれより先に映画館で観た「卒業」のイメージと全く違って驚いたものだが、断然の熱演にして好演(アカデミー主演賞受賞)。パディ・デュークも文句なし。

具体的なことはともかく、形而上的な言葉の意味を理解させる難儀は想像を絶する。サリヴァン先生、神技です。母親の言うように、ヘレンは人一倍頭の良い女性だったのだろう。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
語り継がれるべき映画でしょう。
「俺たちに明日はない」同様、ペンの演出には
彼独自の力強さとリズム感がありますね。

>形而上的な言葉の意味を理解させる難儀は想像を絶する。

三重苦なくても人間育てること自体が大変なのに
このサリヴァンさんの志の高さと忍耐力には
完全に脱帽します。彼女関連の書籍もいくつか
読みましたが、まさに「奇跡の人」です!
vivajiji
2016/01/30 10:18
vivajijiさん、こんにちは。

>ペンの演出
彼のタッチは、濃い墨で書いた楷書のような感じですよね。
「俺たちに明日はない」はそれがよく出た傑作でした。
観る度に面白くなりますよ。

>彼女関連の書籍
“作品”として価値のあるものばかりでなく、こういう類の本も読まないといけないと思っております。
読みたい本を全て読むには時間が短すぎる!



オカピー
2016/01/30 21:58
すごい作品でありますね。
『奇跡の人』はヘレン・ケラーではなくサリバン先生であるという話がありますが、ねこのひげはお二方だと思いますね。
ヘレン・ケラーなくしてサリバン先生はなく。サリバン先生なくしてヘレン・ケラーはなかったと言えますからね。

町山さんが今年のおすすめ映画『レヴェナント:甦りし者』それよりすごい『サウルの息子』・・・
かなり気力がいりそうな映画でありますが、観ておくべき映画のようでありますよ。
ねこのひげ
2016/01/31 09:37
ねこのひげさん、こんにちは。

同意ですが、厳密には、「奇跡に生まれついた人」はヘレン・ケラーで「奇跡を起こした人」はサリヴァン先生なのかな。二人が出会ったことが神の配剤です。

>町山さん
ほぼ100%衛星放送での鑑賞になりますが、記憶しておきまする〜。
オカピー
2016/01/31 13:45
忙しさにかまけて、TBだけで失礼しました。
遅まきながら雑談を。
今は亡きアン・バンクロフトが、自身の人生を振り返って、サリヴァン先生よりロビンソン夫人の方が観客にとって印象強いのを不満に思っていたと言ってたのを思い出しました。
確かにこちらではオスカーも獲ったのにねぇ。
中古DVDを持ってますので、もう一度観たいもんです。
十瑠
2016/02/06 11:23
十瑠さん、こんにちは。

>ロビンソン夫人
vivajiji姐さんにもお話しましたが、英米ではミセス・ロビンソンは若者を誘惑する女性として代名詞的に使われているようです。
ま、サイモンとガーファンクルの曲もありましたからね。

>中古ビデオ
ソフトを持っていると安心して観ないということも、ままありますよね(笑)
オカピー
2016/02/06 21:40
オカピーさん、こんばんは。
私は「奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝」、「ヘレン・ケラーはどう教育されたか―サリバン先生の記録」(アン・サリバン著)も読んだのですが、奇跡って現実にあるんですよね。しかし、それは奇跡でなくて意識した教育体系のなかでしっかりと一歩一歩、時間と成長過程を大切にしていくことだと思いますよ。
ただ、大江健三郎の長男である音楽家の光さんもそうだと思うのですが、ケラー一家には金銭・時間的余裕がありましたよね。
それは貧困層はもとより、庶民層でさえ持つことが困難な要件ですよ。ここで、われわれは「可能態」であることを忘れずにいられるでしょうか?
わたしはケラーの自伝やこの映画を見て、貧困層、庶民層でもできることは何かと考えたのですが、それは指導者の若さ(サリバン21歳)と成長する者(ヘレン・ケラー)の「凄まじい成長欲求」と「自然に歓喜できること」だと思いました。
もっともっと、人間が金銭・時間的要件を超越して「可能態」として存在できるような社会を一般化させたいものです。
では、また。
トム(Tom5k)
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2016/04/03 19:30

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