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zoom RSS 映画評「太陽の坐る場所」

<<   作成日時 : 2016/01/27 09:49   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2014年日本映画 監督・矢崎仁司
ネタバレあり

「陽のあたる場所」(1951年)に影響を受けたようなタイトルに興味を持って観た。原作は辻村深月のミステリー。

高校3年生の女王様・高間響子(古泉葵)は新たにクラスメートとして親しくなった鈴原今日子(吉田まどか)を、同じ名前なのでリン(鈴)ちゃんと呼ぶ。何気ないいじめである。
 10年後、彼女たちのクラスメートであった銀行員の島津健太(三浦貴大)は同窓会を企画するが、その過程で地元山梨のレポーターになっていた響子(水川あさみ)が、女優として成功していた今日子(木村文乃)とは対照的に、同級生たちに嫌われていることが判ってくる。

何故響子はここまで嫌われているのか、ということが現在と高校時代を往復する形で説明され、ここにミステリーの片鱗が伺えるが、映画化されたものはその心理の変遷を見つめる純文学の趣きである。
 ミステリーと思って見始めない限りその点について不満を覚える人は少ないであろうが、やはり時系列の往復の煩さや、主たる4名の人物を現在と過去とで別の俳優によって演じられることによる集中のしにくさが気になって余り楽しめない。

高校時代のお話。響子はボーイフレンドに接近する女生徒に尽く陰湿ないじめを与えるが、その結果彼女の取り巻きは一人一人心情的に離れていきボーイフレンドも去って今日子と親しくなる。遂に自分が裸の女王であることを自覚した響子は今日子に名前を返す。
 この関係に高校時代いじめられた(実はこれは誤解)響子に徹底的に復讐したい水上由希(高校時代:山谷花純、現在:森カンナ)が絡むが、彼女を挟むことで浮かび上がってくるのは、今日子には響子の裸の女王としての孤独が解っていたという事実である。だから、今日子は同窓会に行って、被虐的に敢えて地元で地味な局レポーターに甘んじる響子と会い「扉はいつでも開かれている」と言うのである。

いじめというより学校のヒエラルキーをモチーフにして「桐島、部活やめるってよ」以来の本格作品と言うべきだが、ミステリーから抽出した人間関係を巡る心理を描く狙いは、前述した問題点から、作者が考えているほど鮮やかに達成できていない。
 が、個人的には、“光(太陽)”“扉(天の岩戸)”など散りばめられた記号を読み解く面白さはあり、世評が示すほどつまらなくもない。

去年放送したテレビ東京の番組によると、邪馬台国の所在地は近畿説が有力になったらしい。僕は出雲説も面白いと思うのだが。僕は卑弥呼=天照大神というのは相当前から考えていた。

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太陽の坐る場所〜美少女対決
公式サイト。辻村深月原作、矢崎仁司監督。水川あさみ、木村文乃、三浦貴大、森カンナ、古泉葵、吉田まどか、大石悠馬、山谷花純、鶴見辰吾。辻村深月原作の映画は「ツナグ」以来 ... ...続きを見る
佐藤秀の徒然幻視録
2016/01/27 10:38

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
映画を集中して観る時代ではないので、こういう作品は理解されにくいでしょうね。
ねこのひげ
2016/01/31 09:11
ねこのひげさん、こんにちは。

本作の場合、作り方にも多分難がある為、集中しにくかったですね。記号を読み解く面白さには溢れていましたが。
オカピー
2016/01/31 13:30

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