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zoom RSS 映画評「泥の河」

<<   作成日時 : 2015/12/04 09:19   >>

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☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1981年日本映画 監督・小栗康平
ネタバレあり

34、5年前映画館で観て大感激し、その後TVでも2回くらい観ている日本映画の秀作。1980年以降に限れば僕のベスト1邦画ではあるまいか。邦画史上でも私的ベスト10に入れたい。

昭和31年の大阪、川沿いにあるうどん屋(父・田村高広、母・藤田弓子)の9歳になる息子・信雄(朝原靖貴)が、突然現れた宿舟に暮らす同じ年の喜一(桜井稔)と仲良くなる。喜一には11歳のその姉・銀子(柴田真生子)の他、船尾の方にいて姿を見せない母親(加賀まりこ)がいる。信雄には理解できないが、夫を失った彼女は舟で客を取る娼婦をして糊口をしのいでいる。うどん屋の両親は息子から事情を聞き、喜一と銀子を家に招いてもてなす。喜一は素直に喜びを見せるが、銀子の表情は少々複雑である。

今回僕は少女の態度に非常に考えさせられた。純然たる善意からとは言え、陸に落ち着く生活をしたことのない姉弟に半端な夢を与えるのは罪であるような気がし、僕は彼らの存在そのものに涙を禁じ得なかったのである。
 少女が米櫃に手を突っ込み「温かい」と言う箇所が胸に迫る。この温かさは物理的な温かみではない。豊かな食料が与える精神的な温かさである。飽食の人々には彼女の言葉の真意はなかなか解るまい。風呂の場面の嬉々とした彼女の表情も同様に悲しい。

さて終盤、天神祭でお金を落として悄然と帰った後、喜一は蟹にアルコールを付けて火をつける。慈愛に溢れる信雄は消そうと宿船の船尾の方へ行った時に客を取る彼らの母親の姿を見、理由も解らずに涙を流しながら帰宅する。翌日ふて寝していると、宿舟が出て行く。信雄は起き上がって追えども追えども舟には追い付かない。橋の上から大声で友人の名前を呼ぶが、舟はそのまま流れて行く。

わが群馬出身の映画監督・小栗康平は本作で堂々たるデビューを飾り、その後も物凄い寡作ぶりながらなかなか充実してしていると認めつつ、やや芸術指向に傾き馴染めない部分が出ている為、大衆映画の良さとモノクロによる詩情溢れる素晴らしい芸術性とを同時に満喫させてくれる本作が断然のお気に入り。

芸術性と言えば、印象深い場面が多い中で特に秀逸なのはやはり幕切れで、日本映画史上木下恵介監督の「陸軍」(1944年)に並ぶ別離の名シーンと言いたい。時に信雄の側から、時に反対側から街並みを縫うように舟を追うカメラは圧巻、少年の声が囁き声からやがて叫び声になるのは「禁じられた遊び」(1952年)の幕切れを彷彿とする。そう言えば喜一が蟹に火を付けるシーンにも同作を思わせるものがあり、或いは脚本を書いた重森孝子と小栗監督の頭のどこかにかの名作があったのかもしれない。

大人の俳優たちも揃って好演であるが、初鑑賞当時子供三人の自然な演技に全く驚嘆した。僕がそれまで接してきた子役の演技と全く違っていたのである。今の子役は皆こういうこなれた演技をするが。

「もはや戦後ではない」という言葉が虚しく響く、戦争の影が依然として深く影を落とす庶民の生活の哀感が胸を打つ。日本人なら一度は観ておくべき名作と言うべし。宮本輝の原作小説も読む頃合いになった。

僕は少年たちより一回りくらい下の世代だけど、この時代の感覚は少し解る。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。

いつも拝見しているのですが、なかなかコメントなどできず、お久しぶりになります。

『泥の河』、僕も大好きな邦画のひとつです。
まだまだ観てきた本数は少ないですが、邦画の五本指に入るかなぁと思ってます!

先月、早稲田松竹で上映されていたのですが観に行ける時間がなく、惜しいことをしたなぁと、丁度思っていたところでした笑
ドラゴン
2015/12/04 13:02
ドラゴンさん、お久しぶりです。

昨今の作品は、映画的に首を傾げる作品が多く、文句を言いつつ今年もそれなりに観てしまいました。本当は三日に一遍くらい昔の映画を見た方が精神衛生上良いのですが。

>大好きな邦画
おおっ、そうですか。そいつは嬉しいですね。
1950〜60年代にはこういう感触の作品が結構ありますが、その時代の作品とはまた一味違う、しかし、その伝統も感じさせる詩情満点の秀作でした。

>早稲田松竹
それは惜しいことをしましたね。
早稲田松竹は僕が通った30〜35年くらい前と変わらないでしょうか。
オカピー
2015/12/04 20:36
邦画ファンはまず大絶賛なさる名画ですね。
撮影が遠藤周作原作69年「私が棄てた女」
(浦山監督)と同じ匂いを感じさせると
個人的に思っていますところの
名キャメラマン安藤庄平さん。

>・・・馴染めない部分が出ている為

本作・「伽倻子のために」・「死の棘」
以外の作品はどうも印象がおぼろ。
安藤さんも「死の棘」以降、関わっていない。
余談ですが「団地妻」シリーズ第1作目の
撮影も安藤さんなのね〜あの、もわっとした
おばさん的容貌の白川和子をあんなに妖艶に
撮影なされた手腕は大したものでしたし、
独特の重く淫靡な生活感は本作でも充分の
効果を上げておりましたね。
vivajiji
2015/12/05 09:15
vivajijiさん、こんにちは。

余りに日本的と言えばそれまでですが、なかなかこうは撮れないと思っています。

>「私が棄てた女」
これも好きな作品。
撮影監督が同じく安藤庄平さんでしたか。
今更ながらカメラマンの力は侮れませんね。

>印象がおぼろ
群馬県民の税金で、群馬県各地でロケして作った「眠る男」など哲学的に過ぎてピンと来ませんでしたなあ。
近所に撮影に来たらしいですが。

>生活感
小栗監督の近年の作品は固定のロングが多いので、どうも冷たい感じがします。
本作などは登場人物に近づいて撮っているところが多く、人間的に思える。
安藤氏不在の影響なのかなあ。

良い情報を戴き、非常に参考になりました<(_ _)>
オカピー
2015/12/05 17:46
ねこのひげの中学時代の同級生にも泥の河のようなところの掘立小屋のような家に住んでいるのがいましたね。
昼食時になると校庭で一人で遊んでおりました。
級友たちは、誰も理由がわからなかったようです。
貧しくて昼抜きにせざるをえなかったのです。
この『泥の河』を見ると彼を思い出してしまいます。
ねこのひげ
2015/12/06 17:17
ねこのひげさん、こんにちは。

先般観たインド映画のような環境ですね。
我が家も、明治末位に作られたおんぼろの、零下7度くらいになる寒い家でした。
 小学校の時先生から理由も解らずお金を貰ったことがありましたが、市からの援助だったらしい。貧乏だったんだな。
 兄貴が働き始めて漸く中流という感じになりました。

「二十四の瞳」などかつて邦画は好んで貧乏人を描いていました(というより日本全体が貧乏だった・・・今の若い保守層は信じないみたいです)が、昨今邦画は滅多に中流階級以下を映画に扱わない。
 確かに景気の良い話を見た方が精神衛生上良いものの、それだけでは映画人として情ないでしょう。

僕の場合は、「泥の河」を見るたびに、近所の祭に出かけた小学生時代を思い出します。
オカピー
2015/12/06 18:38
こんばんは。

先月見逃し落ち込んでましたが、なんと今月、自分の母校の学生達が主催する映画祭で、『泥の河』が上映されるのです!
小栗監督のトークショーもあるようなので、時間合えば行きたいと考えてます。

早稲田松竹は、今では数少ない名画座としての存在価値はとても大きい感じがしますね。映画好き多い学生街にあるのも大きいと思います。
ドラゴン
2015/12/06 20:18
ドラゴンさん、こんばんは。

>小栗監督のトークショー
小栗氏は、僕の高校の先輩ではないのですが、ライバル校の出身。
ブログで時々コメントしてくれる浅野さんは彼の後輩になります。羨ましい。

本作でデビューして以来、まだ6本しか作っていない恐るべき寡作の作家。海外の大長編の純文学作家ですらもっと発表するでしょうに(笑)

>映画好き多い学生街
早稲田には“ACTミニシアター”もありましたが、今はどうなったでしょうかねえ。
オカピー
2015/12/06 21:02

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