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zoom RSS 映画評「マルタのことづけ」

<<   作成日時 : 2015/12/22 09:47   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2013年メキシコ映画 監督クラウディア・セント=ルース
ネタバレあり

メキシコ映画は決して珍しくないが、メキシコ発のセミ・ドキュメンタリーは珍しい。しかし、この手の作風はお国柄が殆ど現れないから、珍しいことがそのまま面白味には繋がりにくい。

スーパーで実演販売係を仰せつかっている女優志願のクラウディア(ヒメナ・アヤラ)は、急性虫垂炎で入院した時に隣のベッドにいた中年女性マルタ(リサ・オーウェン)に親しく接せられ、実は天涯孤独である身に沁みて、彼女に言われるままにその家に寄り、半ば住みついてしまう。
 現在シングルマザーのマルタは、父親の違う三人の娘と未だおねしょの癖が抜けない末っ子の男児を抱えているが、エイズでもう先がない。それを知っている子供たちも家事を分担して明るく過ごしている。
 クラウディアはマルタの世話を始め年少の二人の相手をして日々を過ごすが、時々家族の密接な関係に入っていけない孤独感を禁じ得ない。しかし、海へ行って最後のバカンスを過ごした直後にマルタが亡くなると、一緒に町に遺灰を撒いて悲しみを共有することでその距離が縮まり、家族のようになっていく。

そのクラウディアが女優の代わりに映画作家になったクラウディア・セント=ルースその人、つまり自分の経験を踏まえてセミ・ドキュメンタリーとして作った半自伝映画である。

セミ・ドキュメンタリーは観照的に人生を捉えるのを目的とすることが多い。だから、これを安易に一般の大衆映画と比較して「幕切れがもう一つ盛り上がらない」などと言うのは的外れということになる。実際の人生ではお話が映画のようにドラマチックに始まり、かつ、終わるなんてことはまずない。もっと正確に言えば、始まりも終わりもないのである。
 ただ、このタイプの作品は地味であるから、有料で観させる以上、エピソードの積み重ねから大衆映画に容易に求めがたい滋味(洒落でもあります)を醸成する必要がある。本作はその点で十分満足できるとは言い難い。

メキシコ人は僕好みの美人が多い。ご本人を演じた次女ウェンディー・ギーエン嬢はもあそこまで太っていなければなかなか綺麗なのではないかな。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
日本で暮らしていたアメリカ人がアメリカに帰ると物凄いデブばかりにビックリするそうで、メキシコ人もそうかもしれませんね。
ねこのひげはメキシコ人というとデブというイメージが強いです。
ねこのひげ
2015/12/27 16:20
ねこのひげさん、こんにちは。

日本人は多少その傾向があるにしてもやせた人が多いですが、他の国はみんなデブですねえ。
ジャンク・フードのせいと言われておるので、日本でも健康保険税で差をつけようとしましたが、貧乏人のほうがジャンク・フードを食べるので、問題が多いと言われました。
オカピー
2015/12/27 21:21

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