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zoom RSS 映画評「ジョン・レノン、ニューヨーク」

<<   作成日時 : 2015/08/30 09:29   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
2010年アメリカ映画 監督マイケル・エプスタイン
ネタバレあり

ジョン・レノンに関しては2、3年に一度映画が作られている感があり、時に混乱する。
 事実、アメリカのTV番組「アメリカン・マスターズ」で放映された本作の前半は6年前に観た「PEACE BED アメリカVSジョン・レノン」とほぼ同じ内容・構成なので再鑑賞かと思ってしまった。しかし、タイトルが示すように、本作はレノンのニューヨークへの思いに重心を置いて構成しているので、進行するに連れてそこから離れていく。

まず問題の前半。
 ジョンが妻・小野洋子を馬鹿にした英国を去って渡米した後、彼女の影響もあって過激な政治活動家と付き合ったことから米国当局に目をつけられ、70年代初めから76年までは彼を追放したい当局との闘いであった、という内容は前述作品でも描かれ、それを短縮しただけの印象。それでもなかなか面白い。
 彼の活動の基礎は“平和”であって、それ自体は徐々に当局も解って来たのであろうが、結局裁判所がアメリカ建国の精神に基づいて彼に永住権を認める。

しかし、当局との闘い以上にジョンを悩ませていたのは、音楽による反権力闘争の挫折により落ち込んだ彼がヨーコに出て行けと言われて始まった別居における苦痛であろう。この間(かん)音楽活動としてはLP二作「ヌートピア宣言」(最近は原題に基づき「マインド・ゲームス」と呼ばれているらしい)「ロックン・ロール」の録音をしているが、相当荒れていた様子がミュージシャンなど関係者から語られている。
 別居と主夫活動と復活が後半のテーマであるが、カリフォルニアからニューヨークに戻って来た彼はヨーコと寄りを戻して、全く人が変わったようになる。発表としては「ロックン・ロール」の前になるLP「心の壁、愛の橋」の録音では薬や酒とは縁がなかったようであるし、この後思い立って音楽活動を止め5年間の主夫活動に入る(ジョン・レノンなければ“主夫”という言葉は定着しなかったか、若しくは定着にもっと時間がかかっただろう)。
 我々レノン・ファンを悲しませる一方ジョン本人はヨーコとの初めての子ショーンを設け、至福の日々を送っていたわけで、この辺りから、5年後の80年12月にショーンは父親を奪われる、という視点で見ざるを得なくなって涙腺が刺激されてくる。ショーンの立場から見るという反応をもたらしたのは本作の殊勲と言っても良いかもしれない。

人々が物見高くないのがニューヨークがお気に入りの理由であったようだが、そのニューヨークで彼は帰らぬ人になる。音楽的野心を失っていたようなのでビートルズ時代のような革新的音楽は発表しなかったかもしれないが、やはり彼の死は大きな音楽的損失であったと思う。

ショーンももうすぐ40歳。光陰矢のごとし、とは言うけれど、速いね。

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コメント(2件)

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ジョン・レノンが殺された当時、ポールは森の中の邸宅に住んでいて、外を見ると機関銃を持った連中がウロウロしていて、警察を呼んだら、軍隊の演習でポール所有の森と知らないではいてきたというニュースが乗っておりました。
ポールはそうとう焦ったでしょうね。
ねこのひげ
2015/08/30 11:41
ねこのひげさん、こんにちは。

ご本人には気の毒ですけど、面白い話だあ。
ジョージ・ハリスンも暴漢に襲われていますし、色々ありますね。
オカピー
2015/08/30 22:23

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