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zoom RSS 映画評「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」

<<   作成日時 : 2015/05/25 10:03   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
2013年アメリカ映画 監督ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
ネタバレあり

ジョエルとイーサンのコーエン兄弟が、ボブ・ディランより少し前に音楽界にデビューしたフォーク歌手デイヴ・ヴァン・ロンクをモデルに書き下ろした脚本を二人で映画化した音楽映画である。
 1961年の冬に彼がニューヨークの街並みを歩く姿は、それより少し後発表されたボブ・ディランの「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」のジャケット(但しこちらは恋人と一緒に写っているのだが)を彷彿とし、それだけでも嬉しくなった。

題名になっているフォーク歌手ルーウィン・デイヴィス(オスカー・アイザック)は相棒を自殺で失った後ソロで舞台に立ち、余り売れないレコードの印税はみすぼらしいレコード会社に搾取されて、定住する家も身銭もなく、音楽仲間の美人キャリー・マリガンのアパートや音楽を通じて親しい社会学教授の家を転々とするしかないが、キャリーからは彼の子供を宿したと言って文句を言われ、教授の家ではストレスを発散させて暴言を吐く。
 居場所がなくなり仕方なく社長がレコードを送ったはずのシカゴの大きな音楽クラブに、ジャズ演奏家らしいジョン・グッドマンを乗せた車に相乗りして出かけてみるが、店主F・マーレイ・エイブラハムは「金の匂いがしない」とすげない反応。
 音楽を諦めて船乗りに戻ろうとしても、姉が免許証を捨てた為に上手く行かず、結局ニューヨークのクラブで歌い続けるしかない。

この作品の主人公を見る限り希望を全く感じさせないその日暮らしの生活に見えるが、実際のロンクは大ヒットこそないものの1950年代末から半世紀近くほぼコンスタントにレコードを出し続けた、知る人ぞ知るフォーク界の大物と言って良い存在らしい。「らしい」と言うしかないのは僕がこの人物について全く知らないから。アメリカの音楽サイトAllMusicでディスコグラフィーを調べ、ずっと活動をしていることが判った次第でござる。

恐らくコーエン兄弟は、厳密には成功者の部類に入れて良い彼の、猫のようにデラシネの自滅的な生活スタイルに興味を覚え、映画化を思いついたのであろう。従って、狂言回しのように出て来る寅猫は主人公(の人生)の隠喩であることは間違いない。反面、その名前がユリシーズということや主人公が船乗りに戻るといった言辞から、かのギリシャ神話のオデュッセウス(英語発音がユリシーズ)の人生か、ジェームズ・ジョイスの大長編「ユリシーズ」をなぞっているのかと思えてくるが確信は持てない(後者は読んでいない)。

それより僕は、主人公の猫を抱えた旅姿から、同じように猫を抱えた孤独な老人がニューヨークから出発するロードムービーの秀作「ハリーとトント」(1974年)を思い出す。同作を作ったポール・マザースキーは本作と同じ地区を舞台とする「グリニッチ・ビレッジの青春」(1979年)という作品も作っているわけで、コーエン兄弟はマザースキーが人気であった頃の後期アメリカン・ニューシネマを意識しているような気がする。

戦後アメリカのフォーク界では、トラディショナル(民謡)と、ウディ・ガスリーに始まる強い主張のあるプロテスト・ソングが並存した。ボブ・ディランはそれを見事に継承し、発展させた大詩人・大歌手である。本作の最後にディランと言って間違いない若者が登場し、その外で主人公が前日罵倒した女性歌手の夫君から殴打されている。この映画を観ると、ロンクがガスリーとディランを繋ぐリンクであることが解った気になる。

この時代幼少期にあって時代の気分も記憶していない僕であるが、何故か感慨深い。カラー映画であるが、うらぶれた空気を醸成したムードが残すのはモノクロの心象風景であり、それが、ビートルズが登場し、ケネディーが暗殺されてベトナム戦争が本格化、黒人の公民権運動が活性化していく直前、パワーがまだ胚胎しているだけの時代の、嵐の前の静寂を強く感じさせるのである。

音楽が断然素晴らしい。俳優たちの歌や演奏の実力にも脱帽した。

1964年、ディランは「時代は変わる」と歌った。その後の歴史を振り返ると、正にその通りなのであった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ボブ・ディランが大きくなりすぎてモンクは押しのけられたという事でしょうね。

『ハリーとトント』は劇場で観ましたが良かったですね。
主演のアート・カーニーはアカデミー賞を貰ったんですよね。
猫もよかった。
ねこのひげ
2015/06/01 05:31
ねこのひげさん、こんにちは。

>『ハリーとトント』
映画館で二回観た気がします。
ブルーレイで持っているので、近いうちに観ようかな。
当時アート・カーニーなんて知らんがな、という印象がありましたね。通常賞の情報の方が日本では早いわけで、実物を見たら滋味溢れる演技で確かに良かった。

>猫
こちらも寅猫だったと記憶していますが、果たして?(笑)
オカピー
2015/06/01 10:00

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