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zoom RSS 映画評「真夜中のミラージュ」

<<   作成日時 : 2015/03/09 09:34   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
1984年フランス映画 監督ベルトラン・ブリエ
ネタバレあり

太陽がいっぱい」(1960年)以降、1970年代半ばまでアラン・ドロンの主演映画が劇場未公開に終わることなど夢にだに考えられなかったが、その後コスト・パフォーマンスが悪いという理由で(「スクリーン」誌の情報による)公開されない作品が増えてきた。そうなるとご本人の人気も落ちるという悪循環が始まり、半ば常態化し、ドロンは熟年に入ってしまった。男女の性愛を面白い角度から描くことの多いベルトラン・ブリエが監督した本作もそうした一本である。

自動車修理工場を経営している中年美男子ロベール(ドロン)が列車の中で沈思していると、ドナシエンヌと名乗る女(ナタリー・バイ)に声を掛けられる。列車の中でヨロシクやった後も惹かれた彼は彼女の家まで同伴する。またヨロシクやるのかと思いきや彼女は一人で外に繰り出し、当てが外れた彼はビールを飲み続ける。彼女が男たちと戻って来ると彼は正体なく泥酔している始末。

この辺りから映画は支離滅裂な展開になっていき、ロベールは彼女の恋人の一人と大喧嘩を始め、隣家の住人が苦情を言いに訪れると、今度はその家に乗り込んで大騒ぎをした末にロベールはその細君としっぽりと楽しみ、その様子に隣人は落ち込んでしまう、といったシュールな喜劇的シークエンスが暫し続く。

で、この辺りから本作の仕掛けが徐々に見えてきて、それが終盤彼の兄や友人たちが列車に彼を迎えに来るシーンでぴったりと焦点が合う。つまり、そこまでのお話は全てロベールの夢と判明、お話が飛んだり、シュールな展開となっていた理由が解り、観客としては「なるほどっ!」と膝を打つことになる。しかるに、納得するという意味で膝を打っても、残念ながら膝を打つ面白さとまでは行かない(言葉遊び。ややこしいですかな)。

途中まで僕は別の角度から楽しんでいた。作中の人物がお話のプロットを説明したり、別の人物がロベールに相応する“列車の男”となって現れたりする、メタフィクションとしての作りが為されている点である。厳密には、夢の中での出来事なので、ブリエとしてはメタフィクションとして作ったわけではないのかもしれないが、そうした楽しみ方も十分できる。この男性が一家の使用人と最後に解るのも面白い。

短くまとめれば、妻ジュヌヴィエーヴ(ナタリー二役)との関係に苦しんだ嫉妬深いロベールが、夢の中でドナシエンヌと瓜二つの女教師若しくは本人と出会って気持ちを通い合わせることで自分の真情に気付き、妻の許に帰っていく、というお話なり。

「女性は娼婦」というテーマを打ち出したように見えた後年の「ダニエラという女」(2005年)ほど感心することはできないが、「女性は娼婦」という要素を夢のシークエンスに交えて夫婦の再生劇を作ったところがブリエらしくて非常に興味深い。ドロンも作品の単価を下げていれば、もう少し長く日本での人気を維持でき、この映画もきちんと劇場で公開されていたのではないかと思うと、残念。

昭和末 アラン・ドロン氏 どろんと消え(川柳でした・・・実際にはそんなことはないですけどね)

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『Notre histoire(真夜中のミラージュ)』A〜愛の再生・復活その2 ベルトラン・ブリ.....
 ベルトラン・ブリエは、「ヌーヴェル・ヴァーグ左岸派」のエコール、新しいドキュメンタリーの方法を生み出した「シネマ・ヴェリテ(映画=真実)」としての代表作『ヒトラーなんか知らないよ』(1963年)を撮った10年後の1973年、多くの男女の奔放な自由で乱れたセックスを描いた『バルスーズ』を完成させます。バルスーズ / レントラックジャパン そして、この作品以降の彼の作品のほとんどが、性風俗に関わっての禁忌的な表現やスタイルであるにも関わらず、公式の国際映画祭でのアカデミックな評価、及び映画賞の実績... ...続きを見る
時代の情景
2015/03/09 21:52

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
オカピーさん、どうもです。
>ドロンも作品の単価を下げていれば・・・
オカピーさん、ほんと、鋭いですね。
これほんとです。
実は「ル・ジタン」で東映が高値をつけちゃったあたりで、しかも黒の予定がとんとん・・東宝東和の「ブーメランのように」と「友よ静かに死ね」で無理して赤・・・。いつものドロン買い付けのヘラルドや東宝東和が臆病風を・・・となっていったようです。
このあたりから収支バランスが悪くなってしまったようです。ほんと残念・・・。

「真夜中のミラージュ」は、是非、日本で公開されるべきだった作品だと思いますよ。だって、素敵じゃないですか、夫婦の愛の再生なんてね。しかも、美しさが程よく枯れかかったドロンとナタリー・バイ。ドロンは彼女が大好きだったらしく、彼女と共演できるだけで即出演OKだったそうです。観客にとっても、ふたりとも十分に魅力的でした。
>メタフィクション・・「女性は娼婦」
性愛も純愛も区切る境界線はあいまいです。そこが整理できていないから、この手法でうまく表現できたのでしょうかね?
面白く創ってありましたけれど、私は、もっと、普通のドラマにしても、素敵な作品になったような気がします。この二人で、トリュフォーで撮って取って欲しかったですよね。
わたしにとっては、ドロン作品としては、かなり高い順位です。ブリエの演出とドロンの演技が、うまく噛み合っていたように思います。中年期のドロンの演技をここまで引き出せたブリエはさすが超一流だと思ってしまいました。
では、また。
トム(Tom5k)
URL
2015/03/09 22:23
トムさん、こんにちは。

>東映
そういう事情がありましたか。
現在でも、必ず黒字を生み出すドル箱スターはほぼいないわけですよね。
だからシリーズが強いのでしょう。

>日本で公開されるべきだった作品
同意です。
80年代にこういうアングルはまだ珍しかったと思います。
少なくとも今よりは欧州映画に客が入った時代ですしね。

>ナタリー・バイ
地味ですけど、ドロン同様僕も好きです。
「緑色の部屋」素敵でしたなあ。

>トリュフォー
トリュフォーとドロンのコンビは、“幻想映画館”の筆頭ですから、僕も観たかったですねえ。
トリュフォーなら、ストレートな作劇になるはず。想像するだけで楽しくなりますね。

>かなり高い順位
そうでしたか^^
ドロンの男女関係映画の中では、面白いほうと思いましたね。
犯罪映画を交えると、ちょっと下がってしまいますが。
オカピー
2015/03/10 21:30
グローバル化とはハリウッド映画一色になるという事か?と思いたくなりますね。
『太陽がいっぱい』とか『冒険者たち』とかのようなフランス的な映画を観てみたいものでありますな。
アラン・ドロン・・・渋くなっておりますがね。
ねこのひげ
2015/03/16 02:03
ねこのひげさん、こんにちは。

>ハリウッド映画一色
ロシア映画もフランス映画もスウェーデン映画も、ジャンル映画ではハリウッド映画かと思うことが多くなりましたね。甚だヨロシクないデス。

>『太陽がいっぱい』『冒険者たち』
もうこういう映画らしい映画は、現れないのではないでしょうかねえ。
ノスタルジーを別にしても、良い映画でしたなあ。

オカピー
2015/03/16 21:21

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