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zoom RSS 映画評「普通の人々」

<<   作成日時 : 2014/09/19 10:16   >>

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☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1980年アメリカ映画 監督ロバート・レッドフォード
ネタバレあり

監督としてのロバート・レッドフォードはクリント・イーストウッドほど刺激のある素材に取り組まないので大いに損をしているが、僕は高く評価している。
 本作はその監督デビュー作で、タイトルが示す通り実に正統派のドラマであり、二十歳を過ぎたばかりの僕はきちんとした作りであることを認めると同時に、少々物足りなさを覚えたものである。ただ、70年代後半の日本のCMですっかりお馴染みになっていたバロック音楽「パッヘルベルのカノン」は強く印象に残った。

高校生ティモシー・ハットンは、自殺未遂で入院していた精神病院を出た後も悪夢に苦しみ、セラピストのジャッド・ハーシュの許に通っている。父親ドナルド・サザーランドは過敏になっている息子をいたわるが、母親メアリー・タイラー・ムーアはヨットで遭難死した兄息子が忘れられず、彼には冷ややかである。
 若者は病院で知り合ったダイナー・マノフと交際を続ける一方、聖歌隊で一緒に歌っている同じ学校の女生徒エリザベス・マクガヴァンにも親しみを覚えていく。
 母親は、死んだ兄も所属していた高校の水泳部を無断で辞めたことが益々気に入らず、息子を置いて出た旅先でも夫と口論になり、遂に家を出る。息子の方もそんな空気の中でダイナーの自殺にショックを受けて溜めていた思いが一気に決壊し、ここに兄の遭難死への自責の念に苦しめられていたことが全面的に明らかになる。

彼の苦悩の中味に関しては序盤から小出しに紹介されているのだが、終盤観客に全貌が明かされるという仕掛けとなっていて、母親の態度もこれである程度説明される。兄息子が遭難死し、弟息子が自殺未遂する家のどこが「普通」なのかという声も聞こえそうだが、現代社会にあって平均からそれほど逸脱しているわけでもない。少なくとも兄息子の遭難死まではごく普通であったことは間違いなく、どの家庭でもこうした悲劇が起こる可能性はある。

アメリカ映画によく出て来ることから判断して、アメリカの中上流家庭ではセラピーは当たり前のように行われているようであるし、原因はともかく円満の家庭の方が少ないのが実態であろう。つまり、原因にこそ「少し普通ではない」部分が混じっているものの、家庭の様相に関しては寧ろ当たり前すぎる風景が切り取られているように思われる。

撮影監督の協力があるとしても、ショットの感覚が非常に良く、その繋ぎの呼吸も素晴らしく、【栴檀は双葉より芳し】の諺通り、才能のある人は最初から下手なベテランよりずっと上手い映画を作る。展開ぶりも丁寧で好感が持てるが、ダイナーの自殺の報からセラピストへの駆け込みにかけてのシークエンスは些か作りものめいていて少し弱い。その代わり母親のいなくなった家での父子の抱擁は胸を熱くするものがある。親子の関係性は大分違うが父と子の関係を描いた傑作「エデンの東」(1955年)を思い出させる瞬間があった。

本作が劇場映画デビュー作だったティモシー・ハットンは好演で将来有望だったが、期待ほどの活躍ができないでいる。その点偶然にも同じファースト・ネームのティモシー・ボトムズと重なる。

最近の若者の「普通」という評価の意味が僕らの「普通」と違っている、とずっと以前話題にした。その違いは、僕らが「普通」を形容詞として使い、彼らが形容詞を省略した副詞として使っていることに由来するようだ。つまり「普通に良い」という意味らしい。そこに世代間ギャップによる、誤解の要因がある。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
普通の人々
(1980/ロバート・レッドフォード監督/ドナルド・サザーランド、メアリー・タイラー・ムーア、ティモシー・ハットン、ジャド・ハーシュ、エリザベス・マクガヴァン、ダイナ・マノフ/124分) ...続きを見る
テアトル十瑠(theatre_jules...
2014/09/19 14:09

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
私も封切りで見て、ロバート・レッドフォードは監督としてもいいなと思いました。役者としてはアメリカでは二枚目として人気があったそうですが、日本人好みの顔ではありませんので、日本ではアメリカの映画スターだというくらいで、ダスティン・ホフマンやアル・パチーノやロバート・デ・ニーロみたいな演技派ではないせいで役者としても強烈ではなかったですよね。
経歴を見ると若いころは絵描きだったそうで、画面の絵がほんとうにきれい、これはどの作品もそうです。正統派でクセや受け狙いで変わったことをしてみるという傾向がなくて、そこがいいのですが、見る人によっては面白みに欠けるのかもしれませんね。
この映画は、こういうドラマはヨーロッパや日本の映画だとめずらしくないなとも思いました。アメリカ映画だと作るのがむずかしいのかもしれませんね。
nessko
URL
2014/09/19 12:24
封切りの時に観た感想は、よく分からないというのが正直なところでした。
2年前に見直して、ようやく分かりかけた感じ。原作を読まないと安心できないとわかったのに、未だに放置プレイですわ。

>セラピーは当たり前のように行われているようであるし

でも、この作品の母親のように、セラピストに相談するのはネガティヴなことだと思っている人も普通にいるのだと描いていましたね。

僕は父親の心情が分かりやすいので、彼を通して把握していると思います。

>才能のある人は最初から下手なベテランよりずっと上手い映画を作る

僕が一番巧いと感じたレッドフォード作品は今のところ「クイズ・ショウ」です。
十瑠
2014/09/19 14:19
nesskoさん、こんにちは。

日本でも女性にはそこそこ人気があったような気がしますが、確かに演技派というタイプではなかったですね。
それでも70年に入ってからちょっとアングルのある役も多くなって、「大いなる勇者」という西部劇なんか僕は好きでした。最近観る機会がないですが。

>面白味に欠ける
人間そのものに興味がない人にはそうでしょうね。
人の好みまで口を挟みませんが、この手の作品の評価によく「盛り上がりに欠ける」とか「淡々としている」といった表現を見ますが、正鵠を得ているのならともかく何でもかんでもそれでしまそうという寸評を見ると蹴っ飛ばしたくなります(笑)

アメリカでもウッディ-・アレンが「インテリア」、アラン・アルダが「四季」、といったこういう人生観照ドラマを上手に作っていますが、比率的には欧州よりぐっと少ないですね。
余り知られていませんが、「インテリア」は勿論「四季」は傑作ですよ。
オカピー
2014/09/19 20:28
十瑠さん、こんにちは。

行間に含みの多い作品かもしれませんね。
当時僕も若く、前評判を聞いてもっとぐっと来るのかなと期待して観て、そこまでは行かなかったなあ、というのが正直なところではあったものの、それでも端正でなかなかよく出来た作品と思いました。
今回見ても全体印象は同じくらいですが、演技陣が当時より「良い」と感じましたね。

>セラピー
僕も心療内科に暫く通ったので、他人事ではなかったですね。
日本の心療内科はセラピーとは違ってもっと簡素なもので、基本的には薬で治すケースが殆どですが、数年前まで存在すら意識しなかったものに関ってから人生観も大分変り、本文でごく遠まわしにちょっと触れたわけです。

>「クイズ・ショウ」
これ、自作DVDで持っているはずなので、また見ようかなあ。
イーストウッドはやたらにやるけど、レッドフォード監督作品はなかなか完全放送でやってくれない。「リバー・ランズ・スルー・イット」はブルーレイに保存しておきたいなあ。
オカピー
2014/09/19 20:47
好きですね、この作品。

鑑賞時、自分も青春の途中であり、オスカー助演男優賞に輝いたティモシー・ハットンの演技は十分に感情移入させてもらえました・・。

ドナルド・サザーランドの優しい父親像、それぞれ訳ありの家族は、西洋版山田太一のドラマを見ているような気持ちになりました。〈山田太一のほうがもっと毒があるようですが・・〉

>「普通」という評価の意味が僕らの「普通」と違っている、とずっと以前話題にした。

2008年のコラム「普通とまあまあ」ですね!
大変、興味深い内容だと思いました。
全体的には、プロフェッサーのご指摘通りと思いますが、ぼくなりに補足するならば、自分とは異質な周囲とcommunicationをとる際の若者独特の気配り?かな、と。

企業で、課に係長と係長代理がいた場合、代理のほうも格上げして係長と呼びますが、その場合は○○係長と言い、正規のほうは単に係長とだけ呼びます。

普通に美味しいなどは、平均よりは上、ということでしょうから、まあまあといえばいいところを、あえて美味しいと格上げする。

おそらく、彼らなりに気を使った表現なのでしょう・。
誤った使い方の代表格の「させていただく」も、KYなどというのも、同世代以外とはコミュニケーションが不得手な現代若者が編み出した、一種の処世術なのでは?



浅野佑都
2014/09/20 16:22
浅野佑都さん、こんにちは。

主人公の若者は僕らより少し年下になりますが、演ずるティモシー・ハットンが非常にデリケートな表現で、良かったですよね。
サザーランドも彼としては珍しいストレートな役柄、喜劇女優として実績のあったメアリー・タイラー・ムーアも好演でしたが、ティモシーの演技がやはり良かった。

>自分とは異質な周囲とcommunicationをとる際の若者独特の気配り?
どうもそういう面があるようですね。
ただ、リタイアしてから若い人と付き合うことが減ったので、理解するのが余計に難しくなりましたよ。
ただ、そうした勝手な配慮が年寄にとって解りにくくなっているのは皮肉ですし、同世代にも自分が疎外されない為の過剰な努力をしているという気がしないでもないです。
僕らより「いじめ」が多くなった時代ゆえの知恵なのでしょう。反論されないように断定を避けたり、婉曲的な表現をしたり、大変です。

僕の批評は断定調なので、どうも若い人には不人気なようですが、断定すべきところで断定しない批評はもはや批評ではないですよね。それでも僕なりに考えて、最近は大分柔らかくしているつもりですけど。
オカピー
2014/09/20 21:29
クリント・イーストウッドの新作が公開されますね。
あの『ザ・フォーシズンズ』の映画だそうで、『君の瞳に恋している』の誕生秘話もからんでいるとか・・・・
明るい作品だといいんですがね。
タイトルは『ジョージー・ボーイズ』だそうですが、ジョージーというと、着る方のジョージーを連想してしまいます。
出身がジョージア州だから仕方ないんでしょうが、邦題は『君の瞳に恋している』に変えてくれないかな?

こういうのがふつうというのも悩ましいことであります。
ねこのひげ
2014/09/21 06:38
ねこのひげさん、こんにちは。

>クリント・イーストウッド
ふーむ、元気でございますなあ。

>邦題は『君の瞳に恋している』に変えてくれないかな?
僕も賛成ですが、
フォー・シーズンズを知っている人が減ってきましたからねえ、どうですか。
1980年頃リバイバル・ヒットしましたが。
オカピー
2014/09/21 21:11

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