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zoom RSS 映画評「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」

<<   作成日時 : 2014/07/17 09:34   >>

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☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1985年スウェーデン映画 監督ラッセ・ハルストレム
ネタバレあり

映画館で本作を観てラッセ・ハルストレムの名が深く脳裏に刻まれることになった。とにかく気に入った。彼の作品を観て感じるのは、抽象的な表現になるが、【透明感】である。特にこの作品に覚えた透明なイメージは未だに鮮烈に残っている。気負いもてらいも感じられない自然な、しかも正統的なタッチがそう思わせるのだろう。

1950年代末、十歳くらいの少年イングマル(アントン・グランセリウス)は、宇宙に旅立って死んだライカ犬の運命と比較すれば自分の人生など大した悲劇ではない、と思おうとする。
 少年は南洋に仕事に出たまま帰って来ない父親の留守を預かる母親が病弱である為に一時的にガラス工場があるだけの小さな村に暮らす叔父(トーマス・フォン・ブレムセン)夫婦に預けられ、サッカーの上手い少年と親しくなる。この少年が、実はサガという名の短髪美少女(メリンダ・キンナマン)であると判明、互いに仄かな思慕を覚えていく。

最近この二人の関係にそっくりな情景を観たと思い、暫し考えた。「HOME 愛しの座敷わらし」であった。原作を書いた萩原浩氏はこの映画を観ているのではないだろうか? 

閑話休題。
 一旦母親の許に戻った彼は愛犬シッカンがいないことに気付くが、間もなく母親が死去して(直接描写なし)、再び叔父さんの下で暮らすうちに、やがてシッカンが死んだことを知り、ひどく落ち込む。しかし、村人の呑気な生活ぶりを見て元気を取り戻す。

観客は少年の自分への励ましが母親と愛犬の死に深く関わっていることを少しずつ知ることになる、という展開の仕方で、思春期直前の微笑ましい悪戯の数々や村での呑気な牧歌的な情景のうちにその悲しみをにじませていく。悲しみに関する直接的表現を極力避けようとしているわけで、そこに観終わった後清々しい後味が湧き上がってくる所以がある。断然の秀作。

少女とサッカーの関係に時代を感じる。今なら全然問題になりませんなあ。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。

大好きな映画です。
少し勝ち気の強そうなアントン君はイングマル役にピッタリでしたね。

2014/07/18 16:33
米さん、こんにちは。

>大好きな映画
僕もお気に入りなので、嬉しいです^^

仰る通り、アントン君の意志を感じる表情が良かったですねえ。
オカピー
2014/07/18 21:02
ライカ犬が薬殺されたと聞いたときはショックでありました。
それにしても、日本があああっさりと負けるとは思いませなんだな〜
思い入れの差なんでありましょうかね。
ラモスに言わせれば大和魂がないよでありますかね。
ねこのひげ
2014/07/20 18:28
ねこのひげさん、こんにちは。

家の復旧リフォームにまつわる騒動で、今年はサッカーどころではなかったのですが、それでも日本戦だけは一応観ました。
第一戦のあっという間の逆転で歯車が狂った感じですね。

まあ僕は野球ファンなので、3年後のWBCに期待ですが、とにかく大リーグがもっとやる気を出してもらわないとダメです。オリンピックに定着しなかった理由を作った大リーグには不満が多い。ヤンキーズでなければ松井も侍ジャパンの文句なしの4番として出られただろうになあ。

それと、サッカーのように、プロ野球のシーズンを中止してもするくらいにならないと、野球は世界に広まらない。広まらないどころか、どんどん縮小してしまう。
投手とバッターの呼吸が合わないと成り立たない野球は、元来、相撲に近いスポーツだと思うので、日本人には合っている筈。野球人気来たれ!
オカピー
2014/07/20 21:52

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