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zoom RSS 映画評「新宿泥棒日記」

<<   作成日時 : 2014/01/23 11:57   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
1969年日本映画 監督・大島渚
ネタバレあり

東京で暮らしていた頃、名画座上映予定に本作の名前をよく見出したが、タイトルに惹かれるものなく結局観なかった。他の大島渚作品は観ているのに、これだけが今日まで未鑑賞。結論から言えば、同時代のジャン=リュック・ゴダールとそっくりである。

新宿の紀伊国屋書店で、岡ノ上鳥男と名乗る青年(横尾忠則)が万引きしたところを鈴木ウメ子と呼ばれる店員(横山リエ)により発見され、社長の田辺茂一(本人)に突き出される。社長は金や本を渡して帰す。
 青年は暴力事件で留置され、田辺に引き取られる。かくして親しくなった男女は、社長から紹介された性科学者・高橋鉄(本人)に講釈をぶたれる。
 別人になりたくなった彼は、唐十郎(本人)の営む状況劇場を訪れ、由井小雪を演ずることになる。

というお話は、性を通奏低音にしている以外は、殆ど訳が分からない。それより興味深いのは、こうしたドラマとしての流れの中に、即興演出とドキュメンタリーとのどちらとも解らないような演出により処理されたエピソードを加え、しばしば文字を画面に出す、といったゴダールのような部分。
 高橋哲氏が講釈を垂れる部分は恐らく「女と男のいる舗道」(1962年)における哲学者ブリス・パランのような事実上のドキュメンタリーだ。俳優・佐藤慶や渡辺文雄らによる性論議もドキュメンタリーだろうが、即興演出の可能性もある。

それに対し、素人の田辺氏(横尾忠則も同じく素人だがこの手には合った演技を披露している)にはひどく下手な芝居をさせている。パランのような識者をよく繰り出したゴダールにはこういう趣味はなかったと思うが、フランス語だから解らないだけなのかもしれない。

新宿での学生暴動を挟むのもゴダール的でありましょう。僕が東京に出るのはこの映画より何年も後の70年代後半だから、僕の知っている新宿とは少しムードが違う。

偽ゴダール映画・・・店員も偽店員でした。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
学生運動華やかなりしころで、こういうアングラ映画とか呼ばれる映画とか芝居が多かった気がします。
さも、わかったふりして議論をしていた連中がおりました。

田辺茂一さん・・・若いころ1度あったことありますがいいおじさんでありましたけどね。
ねこのひげ
2014/01/26 07:10
ねこのひげさん、こんにちは。

唐十郎なんてそのものみたいですしね。
正に仰る通りの作品でした。

>田辺茂一さん
それはそれは。またどういう縁で?
オカピー
2014/01/26 17:22

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