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zoom RSS 映画評「フリーランサー NY捜査線」

<<   作成日時 : 2013/11/27 10:38   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2012年アメリカ映画 監督ジェシー・テレーロ
ネタバレあり

自殺した検事の妻デイナ・デラニーの根回しにより、麻薬絡みの前科があるにもかかわらず友人二人とニューヨーク市警(NYPD)の警官になったカーティス・“50セント”・ジャクスンが、麻薬犯罪に積極的に手を染めている悪徳刑事ロバート・デニーロの子分となり、教育係の先輩刑事フォレスト・ウィッテカーに色々仕込まれるうち、デニーロを取り締まる大ボスがいること、刑事だった父親を殺したのはデニーロであることを知り、麻薬捜査局に彼を売り渡す一方、大ボスの子分にもなろうとする。

という汚職刑事もので、「セルピコ」(1973年)の昔からよく扱われることを考えれば、多かれ少なかれ、ニューヨークの警察にはこのような腐った連中がいるということなのだろう。
 また、検事の妻の口利きとは言え本当に前科者が警官になれるとしたらアメリカは日本に比べて自由主義の程度が段違いであることを物語る。自由主義・民主主義が大事であっても、別に犯罪者が警官になれる必要はないと思うが。

とにかく、その辺りの環境描写が一定の興味を覚えさせること、即実的なタッチで感じが出ている部分があること、この二点は一応買える一方で、進行するに連れ明確になって来るお話の構図に新味が薄いのに加え、若手ジェシー・テレーロの進行ぶりが、街の空撮で場面を繋ぐ辺りハリウッド映画の常套手法に頼る無気力さを感じさせてしまう。誰が始めたか解らない(ヒントを与えたのは小津安二郎の“廊下”であろう)が、現在この手法はハリウッドでは“猫も杓子も”状態なのでウンザリしているのだ。

悪にも善にもなりきらないという幕切れは現実的と言えば現実的、しかし、娯楽映画としては中途半端な印象が禁じえない。

日本の民主主義は、昨日、成熟する前に終りました。僕ら棺桶組はまあ良いけど、今若い人、これから生れてくる人が可哀想だな。警察国家化が進み、昔の文書にも秘密指定が及ぶとも言われているけど、観たい映画、読みたい本は排除しないでね。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
実力者の口利きで元の地位の刑事に戻るなどという話や悪党が保安官になるという小説がけっこうあるところを見ると、アメリカでは多いことなのでしょうね。

日本はどうなりますか?
ねこのひげ
2013/12/03 03:21
ねこのひげさん、こんにちは。

ワイアット・アープも言わば悪党だったわけですから、アメリカにはそういう歴史が伝統的にあるんですね。

>日本
あるブロガーは、日本が江戸時代に戻る(これはTPP等アメリカとの不平等を指しているようでした)のは確実なので、長生きする意味はない、と書かれていましたね。
僕も同感で、大した金も残っていないことだし、余り長生きするのもどうかなあと思っております。今年の初めリスト化した読みたい本を制覇するのに後10年くらい必要なので、それくらいは生きても良いと思いますがね。
年金を少し貰わないとつまらないとも・・・
オカピー
2013/12/03 21:12

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