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zoom RSS 映画評「無言歌」

<<   作成日時 : 2013/07/15 09:54   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2010年香港=フランス=ベルギー合作映画 監督ワン・ビン
ネタバレあり

ドキュメンタリー映画作家ワン・ビンがヤン・シエンホイ(楊顕恵)の小説「告別夾辺溝」を基に作り上げたドラマ映画第一作。お話としては頗る単純なものだが、背景を少し勉強する必要はある。

1956年に毛沢東はソ連のスターリン批判に倣って、百花斉放百家争鳴と称して共産党批判を歓迎する主旨の論説をぶち、翌年党中央はこれを実施する。ところが、程なくして政策転換、党を批判した者は右派として下放(思想教育の為地方で働かせる)の憂き目に遭った。本作はこの下放政策により甘粛省もゴビ砂漠に近い、恐らくは敦煌に程近い辺境に追いやられた人々の日々を観照的に描いたものである。

時代は1960年だから、二回目の下放政策が行なわれる文化革命より前のことになるが、僕が映画で観た文化革命時の下放に比べると、本作の人々が過す日々は遥かに過酷である。経済原理を無視した大躍進政策の失敗により大飢饉が起っている最中のことと理解できる。

寒くて農作物も碌に取れそうもない砂漠地帯、一つの壕ごとに数名の右派と呼ばれる人々が暮らしている。昼間は労働に従事するが、食糧も乏しく大半が病人で、ぽつりぽつりと死んでいく。砂漠には墓標もない墓が連なっている。
 言葉を失うのは飢えに関する描写で、鼠を殺して食べ、他人の吐瀉物をあさり、こっそり死体の人肉も食しているらしい。人肉食の場面はさすがにないが、一部殺げている全裸死体を捉えたショットは出てくる。所長が麺を食べるシーンを挿入するのは対照の妙。

感情すら失ってしまったかのような人々の描写の連続にあって一番ドラマらしいのは、上海から遥々訪れた細君が亡夫の墓を号泣しながら探す一幕。かくして我々の心に刻印されるのは中国当局の人権無視ぶりで、生の尊厳について考えさせる部分が多いものの、映画としては些か単調であることは否めない。しかし、他国における旧悪と言えども、他山の石として日本人観客も政府を注視していこうという気にはなる。

他山の石と言えば、購読中の新聞によると、日本政府は人権尊重の意識が極めて低く国際的に孤立化に向かっているそうな。欧米の人権に関する考えが全て正しいとは思わないが、一考を要す時代を迎えているようだ。僕等が知らないだけで、中国のことを余り笑えないらしい。

マルクスも、共産主義独裁者の圧政によりプロレタリアが依然プロレタリアから脱却できないのを観て、「こんな筈じゃなかったのに」と草葉の陰で泣いているじゃろ。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
共産主義もダメ!社会主義もダメ!民主主義もダメ!となると・・・・・
さてどんな国家体制がよいのやら・・・
バブル前の日本のように1億総中流というのが理想に近いように感じますがね・・・
ねこのひげ
2013/07/17 02:37
ねこのひげさん、こんにちは。

共産主義は、100点の者も50点に、0点の者も50点にしようという発想が、人間を怠け者にし、そうならないように一部の上層陣が色々と強制するところに無理があって、科学は発展しないわ、経済は成長しないわ、ということで、ソ連や東欧は崩壊し、中国は自由主義経済を導入したわけですが、問題は体制ではないということでしょうね。

要は、トップに立つ人やグループが、国民のことを親身にバランス良く考えられることが肝要。
 共産主義は人間の本質故に人々を怠惰にする弊害を内在しているので、マルクスやエンゲルスには申し訳ありませんが(笑)、経済体制としてはやはり資本主義がベストではないでしょうかねえ? 彼らは人間を信用し過ぎたのでしょう。
オカピー
2013/07/17 21:03

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