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zoom RSS 映画評「息子」

<<   作成日時 : 2013/05/05 10:59   >>

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☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1991年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり

三國連太郎死す。90歳だから仕方がないが、ずっと現役だっただけにやはり惜しい。しかし、デビュー作「善魔」(1951年)での、余りに早口で些か頼りない演技を観る限り邦画界有数の俳優になると予感・予言した方は少ないだろう。二十余年前に深く感銘した山田洋次のこの秀作で追悼致します。

妻を一年前に亡くして独り暮らしになっても岩手での生活に固執する父親(三國)と、東京で大卒の兄(田中隆三)への劣等感に苛まれ父親から嫌われていると思い込んでいる定職のない弟息子(永瀬正敏)との葛藤が、彼が新たに勤め始めた職場の得意先の事務員である聾唖の娘(和久井映見)との恋の結実により解けていく様子を、三部構成で綴っている。

最初の鑑賞時は、この二人の関係が変遷を、酷暑の夏と雪の降り積もる冬という人生の厳しさを象徴させたと思われる、特筆すべき季節感醸成の中に巧みに描き出しているなあと感心したのだが、そうした柔らかく温かい後味と同時に、先日「東京家族」という新作を発表した山田洋次の最初の「東京物語」であるという思いを新たにした。

ご本家の「東京物語」で小津安二郎は制度としての“家”の崩壊に加え子供たちの個人主義・利己主義から核家族(厳密には親の単独世帯)化が進む現実と来るべき未来を描いた。
 本作は、親の単独世帯が当たり前になって二十年ほど経つ1991年に、小津作品とは正反対に子供たちが優しく父親に接し長男夫婦が家に迎えようと覚悟を決めながらも父親が岩手に固執する(せざるを得ない)姿を通して、本人たちの真情と関係なく親子の同居を容易に許さない環境が厳然と横たわっている現実を的確無比に描いている。社会が人間を変え、変わった人間が社会を変え、また社会が人間を変える。本作よりさらに20年経た今親子の関係はどうなっているだろうか。

厳しい言葉を投げつけながら実は出来の悪い次男が心配でならない老父を演じた三國連太郎と出来の悪さを自覚している次男を演じた永瀬正敏の好演は言うまでもないが、当時僕が収穫と思ったのは聾唖の娘を演じた和久井映見の可憐さである。主人公の若者ならずとも「惚れてしまうがなあ」というヤツである。
 彼は周囲の人たちが憐れそうに(恐らくは多少の差別心をもって)娘が聾唖であると発言することに対して自分のことのように怒るのが胸を打つ。恐らくそこに、自分に向けられる“ダメな男”という視線に通ずるものを感じたのだろう。実際、自分が悲観しない限り、彼が言うように、そんなことは“どうだって良い”のである。

本作より40年前「善魔」であれほど早口だった三國連太郎が本作ではゆっくり岩手弁を話す。実に感慨深い。改めて追悼の意を表したいと思う。

今日は【息子の日】もとい【子供の日】でござる。「ダメ息子で済まなかった」と両親の位牌に頭を下げる。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
戦後、腹を減らして銀座の松竹のあたりをウロウロしていてスカウトされて、飯を食わせてくれるならとオーデションを受けたわけですから、まるっきりのシロウトですからね・・・
演技力があるから大成するとは限らないという典型でしょうね。
大化けしたというか、役者稼業に取り付かれていたんでしょうな〜
ねこのひげ
2013/05/05 18:59
ねこのひげさん、こんにちは。

歳をとってからの風貌は迫力満点でしたが、若い頃は二枚目系列で、それから十数年後の「飢餓海峡」の頃はものすごい演技を見せていましたねえ。
「飢餓海峡」はそれこそ代表作で僕の愛する日本映画No.1ですが、数年前に見直したばかりですので、WOWOWさんが久しぶりに放映してくれた「息子」で追悼することに致しました。これも好きな映画です。
オカピー
2013/05/05 21:26

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