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zoom RSS 映画評「ぼくたちのムッシュ・ラザール」

<<   作成日時 : 2013/04/13 10:17   >>

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☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2011年カナダ映画 監督フィリップ・ファラルドー
ネタバレあり

2011年度アカデミー外国語映画賞にノミネートされたことが大いに頷けるカナダ映画の秀作である。

フランス語圏のケベック州のある小学校で女性教師が自ら教室で縊死を遂げ、学校側は動揺する子供たちに極力“事件”に触れさせないように気を遣うが、自ら売り込みにやって来て雇用されたアルジェリア人の代用教師ラザール(モハメッド・フェラグ)が古風だが真摯な態度で子供たちに接していく。その過程で彼は学校側が嫌う“死”や“暴力”について生徒たちが考えるようにリードしていき、“事件”の原因を作ったとして秀才少女アリス(ソフィー・ネリッセ)が非難して嫌っている少年シモン(エミリアン・ネロン)をその苦悩から柔らかく解放し、教室を一つにまとめて行く。皮肉にもそれを達成した時ラザール氏が難民に認定された為に学校を辞めざるを得なくなる。

先生はラ・フォンテーヌの有名な「寓話」を教材に使うが、本作全体が一種の世直し物語の寓話みたいに思えて来るほど、“先生”――実は教師の経験なし(テロで殺された細君が教師だったという設定)の元料理店経営者――は鮮やかに現れて消えていく。

先般より教師の暴力が問題になっている日本に限らず、いずこも、現在の教育現場では、子供に下手に触れることもできないらしい。本当の暴力が問題であることは言うまでもないが、肩に触っただけで問題になって親が学校に押し掛けて来る(日本での事例)ような状態で本当の教育が出来るだろうか? それなら学校は学習塾と変わらんし、塾によっては余程躾けになることがあるとも聞く。本作の関心若しくは眼目は外にあるようであるが、そうした事情が教師を死に追い込む一因になっていることは間違いない。
 そして、本作が言わんとしていることは、(特に教育現場において)臭い物に蓋をするのは何と非建設的なことであることかという問題提起である。この小学校で蓋を外すのは教育の実績のないラザール先生であり、彼にそれが出来るのは祖国でテロに遭遇した悲劇が信念のベースにあるからである。
 しかるに、彼自身の蓋が外された時彼は教師の座から放逐される。何という皮肉、何という鮮やかな寓話的幕切れであろう。

生徒の顔触れを見ても、人口減対策もないのに難民等を全く歓迎しない日本国とは正反対に難民等を積極的に受け入れているカナダならではの様相がよく現れて興味深い。

教室における生徒とのやり取りはドキュメンタリーかと思わせる迫力がある一方で、ユーモアや詩情を漂わせる辺り日本初紹介のフィリップ・ファラルドーなる監督はなかなかやるわいと思わせる。1976年の秀作「トリュフォーの思春期」の溢れるユーモアを抑えめにして、様相をぐっと複雑にしたような印象であります。

カナダ映画に二種あり。アメリカ映画(英語圏)もどきとフランス映画(フランス語圏)もどきと。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
よい映画でありました。
詩情豊かで、考えさせられる内容でありました。

しかし、最近の日本はヒステリックすぎるようで、なんの影響なんですかね〜
情報量が多すぎるのかな?
ねこのひげ
2013/04/14 04:25
ねこのひげさん、こんにちは。

東京で初めて見た映画「トリュフォーの思春期」の後半を思い出しましたなあ。
あちらのテーマの半分は、大人の子供への暴力と人権でありましたが、カナダ映画と言えどもフランス語圏の作品だけあって、あの傑作の影響も感じられました。

>最近の日本はヒステリック
アメリカ的民主主義を、民族性の違う日本人が曲解して半世紀以上、三世代を経たつけが今、はっきりと表れ出したということではないでしょうか。1990年頃から成人式がデタラメになったのもその表れでしょうね。
現在、二世・三世の政治家の言動のレベルの低いこと。本当に国を思って働いている政治家は少ないなあ。
オカピー
2013/04/14 14:39

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