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zoom RSS 映画評「英雄の証明」

<<   作成日時 : 2013/03/16 09:41   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2011年イギリス映画 監督レイフ・ファインズ
ネタバレあり

ウィリアム・シェークスピアの悲劇の中ではそれほど人気の高くない「コリオレイナス」をレイフ・ファインズが映画化して自ら主演しているが、問題なのは時代を現代にしたことである。
 シェークスピア劇は普遍的であり、その登場人物の心理や行動はいつの時代にも通用する。しかるに、科学の発達等の為にそのまま展開するにはさすがに苦しいものがあり、例えば、「ロミオ&ジュリエット」(1996年)の手紙のすれ違いの如くである。既に携帯電話のある時代に些か苦しい設定であった。
 本作の場合はどうか。

2000年前の共和政末期と同じ体制の現代ローマで、その頗る優秀な戦績の為に執政官(アメリカの大統領クラスの権限を持つ)に指名されたケイアス・マーシアス(ファインズ)がその傲慢で不遜な発言で平民の反感を買い、平民から選出される護民官二人から訴追され、最終的に追放の憂き目に遭う。
 山野を彷徨する彼はそれまで敵対していたヴォルサイ人の親玉オーフィディアス(ジェラード・バトラー)の許に赴き、復讐の為協力してローマを攻撃すると宣言する。が、母親ヴォラムニア(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)と妻ヴィルジリア(ジェシカ・チャスティン)らに懇願されて独断で講和条約を締結した為、帰還した際オフィーディアス以下に裏切者として殺される。

本作では、TVニュースが大いに利用され、本当の共和政ローマ時代なら噂や伝聞で広まっていくお話が瞬時に誰もが知ることができる点は一見理に適っているような気もするが、細かく検討していけば伝聞等による時間差が彼らの運命を決めていく部分もあるはずなので、「ロミオ&ジュリエット」の電話ほど不都合なことにはなっていないとは言え、効果を発揮しているか疑問である。それどころか、この間までTBSが放送していた歴史バラエティ番組「ザ・今夜はヒストリー」を見ていた日本人はこの番組を思い出して笑ってしまうのではあるまいか。

一言で言えば、2000年以上政治体制の変わっていないパラレル・ワールドのイタリアを見ているが如し、一種のSF映画の様相を呈して却ってつまらない。時代を紀元前から現在に変えるなら“実際の現在”に即してお話をいじらねば面白さは自ずと限定されてくる。これでは時代を変えた意味が殆どない。
 そのまま使っているらしい台詞自体はさすがに立派で文句はないが、お話をいじるなら当然台詞もいじらないといけない。そんなことで苦労して大方徒労に終わるくらいなら、そのまま共和政ローマで見せるのが簡単で一番良いと思う次第。昨今の作家には何故か(理由は解っております)原作から時代を変えたがる悪い癖がある。

次の文句は画面についてである。本作は戦闘場面では昨今の作品の例に洩れずカメラが揺れる。カメラマンがいるという設定を別にすると主観映像にしか見えない揺れるカメラはもはや逆効果、一般ドラマにおいては映画作家は観客にフレームを意識させないに超したことはないと知るべし。揺れることによって臨場感を出そうとするのは本来才能のない連中のすることだ。
 本稿で指摘するのはお門違いだろうが、揺れるカメラを使ってはいけない代表として、主観ショットが重要な要素を成すことが多いサスペンスにおいて(アクションなどの)客観ショットで揺れるカメラを使うと主観と客観がごちゃごちゃになって碌なものができない、ということを指摘しておきたいと思う。

演技陣ではラルフ・ファインズとヴァネッサ・レッドグレーヴが実力相応の力演。

森村誠一の新作かと思いましたぜ。「人間の証明」は面白かったなあ。映画はダメだったけど。

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映画『英雄の証明』を観て
12-26.英雄の証明■原題:Coriolanus■製作国・年:イギリス、2011年■上映時間:123分■字幕:岡田理枝■観賞日:3月17日、シアターN渋谷(渋谷)□監督・製作:レイフ・ファインズ◆レイフ・ファインズ(コリオレイナス)◆ジェラルド・バトラー(タラス・オーフィデ... ...続きを見る
kintyre&#039;s Diary...
2013/03/17 22:57

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
『人間の証明』は角川春樹の話題作りのうまさで、ヒットしましたが、どこが『人間の証明』か?とか、お涙ちょうだいの母物映画であると、批判を受けましたな。
友達と軽井沢に遊びに行く途中、霧積の橋の上で「おかあさん、あの麦わら帽子はどこに行ったんでしょうね」とやって大笑いをしたのを思い出しましたよ。

脚本が公募で、名前を伏せて審査してケチャンケチャンにけなした後に、大先輩である松山善三の脚本であると知って審査員一同が真っ青になったとか・・・・

英雄の話ではなく人間のコメントになってしまった・・・(+o+)
失礼しました<(_ _)>
ねこのひげ
2013/03/17 03:24
ねこのひげさん、こんにちは。

並行していた話が一気に収斂していくという構成は当時非常に珍しかった(昨今は腐るほどあって良し悪し)ので小説は抜群に面白く思い、映画版に期待したら気の抜けたコーラかビールみたいな作品になっていてがっかりしました。ジョージ・ケネディーまで招聘して作ったのに。
ジョー山中の主題歌だけは良かった。他の詩集は読みましたが、あの原詩の入った西条八十の詩集はまだ読んでいないです。

霧積は我が家から程近く、例年秋になると紅葉狩りに父と母を連れていく途中通りがかりました。僅か数年前あんなに元気だった二人がなあ・・・

>松山善三
この先生、自身で監督もした「名もなく貧しく美しく」でも最後にヒロインを事故死させるという、要らんことをして、大傑作たるところを小傑作に留めた旧悪もあるでなあ(笑)。

「英雄」は述べたように、そのまま共和制ローマで作れば素直に楽しめたと思います。これも要らんことをしたなあ、という感じです(笑)。
オカピー
2013/03/17 20:11

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