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zoom RSS 映画評「喜劇 女は度胸」

<<   作成日時 : 2013/02/28 10:37   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
1969年日本映画 監督・森崎東
ネタバレあり

NHK−BSの企画“山田洋次監督が選ぶ日本映画<喜劇編>50本”のうちの一本であるが、原案がご本人で、撮影が高羽哲夫、音楽が山本直純なので、半分くらいはご本人の作品を観ているような印象もある。と言いつつ、実際には、似ていて非なる部分が相当に多い。

文学青年の工員・河原崎建三がレコード店で一流メーカーの女工・倍賞美津子に声をかけられて親しくなり、彼女の誕生日にゲーテの詩集を贈る。
 ところが、後日粗野な兄・渥美清がその詩集を読んでいて、コールガールから貰ったと告げたものだから、彼はすっかり美津子嬢がその本人と思い込む。実際は同僚でコールガールもしている沖山秀子が彼女から借りたのをエロ本と思って勝手に持ってきたのに過ぎないのに。
 兄と二人でコールガール買いに出かけてみてもブーツを見ただけで逃げてしまい、自殺寸前まで追い込まれるが、まだ諦めるところもまで行かず、秀子嬢のアパートで誤解であることが判明する。

嘘と誤解はシチュエーション・コメディーの必要条件と言っても良いくらいだが、本作はその誤解が解けても解決に向かわないどころか、さらにややこしくなって遂にはドタバタ喜劇になってしまう。
 美津子嬢は彼が自分を信用しなかったこと、秀子嬢はコールガールであることを馬鹿にされたことに腹が立って仕方がなく、父親・花沢徳衛を含めた五人の男女がそれぞれが敵のような感じになってこじれにこじれていくのである。

これを上手く収拾するのが、弟息子に「家出を考えないような人間は豚だ」と馬鹿にされた母親・清川虹子。収拾すると言ってもシェークスピアのように綺麗にまとまらず、寧ろイプセンかストリンドベリのような人間喜劇(即ち悲劇)的幕切れである。
 母親は兄息子がぐうたら亭主・花沢徳衛の子供ではないと告げ、その反面教師的教訓で男達にぐうの音も出させず、各々の判断にその後の人生をまかせるのである。

最後は観てのお楽しみということにしておくが、初期の「男はつらいよ」に似た部分もありながら、山田洋次が落語なら森崎監督のタッチは漫才それもハードボイルド千万な漫才を聞くが如し。
 今村昌平の喜劇版を観るような感じも受けるが、奇しくも解説の山本晋也氏も今村監督が初期に重喜劇(タイプの作品)を作っていたという表現により、その旨を指摘している。それより、NHK小野文恵アナの大衆喜劇をもじっての「体臭喜劇」が言い得て妙である。

細かいところではゲーテ詩集の扱いの面白さが際立つが、恐らく主人公は悩んでいたウェルテルを皮肉っぽく投影した人物でもあるのだろう。推測するに、脚本のお二人ではなく、原案の山田洋次の殊勲にちがいない。

タイトルに続けて曰く、「男は阿呆」。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
そうそう、まさに小野文恵アナウンサーの体臭映画という表現は言い得て妙でありますな〜
このころの日本映画は、喜劇にしろ悲劇にしろ、体臭の匂いがプンプンと感じられたようですね。

その意味では、最近の日本映画は無臭ですな。
ねこのひげ
2013/03/01 03:46
ねこのひげさん、こんにちは。

>体臭の匂い
今村昌平の映画とか、ロマン・ポルノとか、正にその典型ですね。

>無臭
1990年代後半からTV局が映画を本格的に作り始めてその傾向が強まったとお思いますね。彼らは無臭を好むTVファン層を取り込もうとしているわけですから。
また、監督が俳優と友達感覚で作る映画が多すぎるのでしょう(ビデオ撮影は余計にそうなりがち。フィルムの無駄がないので)。
オカピー
2013/03/01 21:32

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