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zoom RSS 映画評「人生、ここにあり!」

<<   作成日時 : 2013/01/12 11:27   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
2008年イタリア映画 監督ジュリオ・マンフレドニア
ネタバレあり

映画特に洋画を観る楽しみの一つは、我々の知らない他国の社会のことを知ることができることである。本作は正に典型で、イタリアが基本的に精神病院を廃止して、その代わりに社会協同組合の名の下に精神を患う人々が集団生活を送り社会に役立って行くことで精神の改善を試みている、という事実は勉強になった。

とは言っても本作が始まる1980年代初めには薬の影響で動きの鈍い組合員たちは本人の言動も処遇も精神病院と大差がない。それが動き出すのが左翼的すぎるということで労働組合組織から左遷されたネッロ(クラウディオ・ビシオ)がある協同組合に派遣されたことによる。
 彼には元患者に対する差別意識は全くなく、同じ組合員として会議を開き、給料がきちんと貰える仕事を始めようと提案する。その前に組合内部における仕事の分担を、各人の病気の性格に応じて適宜に振り分ける辺りの面白さ。無言で威厳たっぷりの理事長など大いにはまり、観ている我々も「傑作だわい」と笑ってしまう。
 かくして辿り着いた仕事が寄木細工の床張で、芸術的才能があるルカ(ジョヴァンニ・カルカーニョ)と器用なジージョ(アンドレア・ボスカ)が現場に起用され、これが評判を呼ぶ。
 ところが、依頼主の女性に恋してしまったジージョがパーティーでの事件がきっかけで自殺、組合も元の状態に戻さざるを得ず、違約金の負担問題もあってネッロは通常の仕事への転職を決める。ところが、それまで寝続けていたルカが会議を開き、一同は一度退けたネッロの企画を引き受ける。反動的と思われた医師のお墨付きも得た彼は現場に復帰する。

どこの国にも夫々の問題があるが、こういう作品を観ると、高級官僚が幅を利かし過ぎて金の無駄遣いが絶えない日本やあれだけ無差別発砲殺人が起きても「だからこそ銃所持を強化するのだ」と宣う全米ライフル協会のような組織が幅を利かすアメリカと比べると、欧州各国の為政者には柔軟な思想が溢れているような気がしてならない。

本作に出てくるレベルの精神病患者が健常人になる可能性はそれほど高くないのかもしれないが、一方で様々な分野で才能が溢れる人が多いと聞く。そういう意味で一人一人では社会の役に立たないと思われている彼らも適当な仕事を宛がってやれば、本作のように力を合わせることで健常人の半端な業者より余程良い仕事をする可能性が高い。正に彼らは寄木細工における歪な格好をした一つ一つの木片なのである。イタリアが行なったこの社会実験は他国も見習ったら良いと思う。

劇映画においては精神病患者はひどく深刻に扱うか、コミカルに扱うかどちらかになるが、観客にはコミカルな方が有難い。しかも本作はコミカルさの中に実感があり、作者が軽々しく“可笑しな”彼らを扱っていない為に大変良い後味を残している。

どちらかと言えば素材の新鮮さが強いが、日本初登場ジュリオ・マンフレドニア監督の捌き方もうまい。

自身精神病を病んだガルシンの精神病院を舞台にした短編小説「赤い花」を再読していたら、関連するような映画に遭遇した。最近こういう偶然が妙に多い。僕の身に何か起きるかな。

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人生、ここにあり!
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佐藤秀の徒然幻視録
2013/01/12 14:36
人生、ここにあり!/クラウディオ・ビシオ
本国イタリアでは大ヒット、ロングランを記録したという作品です。劇場鑑賞は無理そうでDVD待ちにしていたらチネチッタでも上映されることになって劇場鑑賞することが出来ました。 ... ...続きを見る
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2013/01/12 22:18

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
これで思い出したのが『まぼろしの市街戦』という傑作映画でありましたが、あれは、どちらが精神病院の中なのか外なのかわからんという風刺映画でありましたが、どこか似ていて、監督は観ているような気がしますね。
イタリア人は、生来が能天気なので、精神病を描いてもこんな映画になるのかな?
とも、思いますが、以前テレビの番組で精神分裂症の人が書いた絵画を紹介していました。
シロウト目にも傑作でありましたが、精神分裂症が治るにつれて絵が平凡になっていき、完全に治ると、ついに凡平なシロウトの絵になってしまうんですね。
どちらがいいのかと考えてしまいましたね。
ねこのひげ
2013/01/13 07:16
ねこのひげさん、こんにちは。

>『まぼろしの市街戦』
3年くらい前に非常に簡単な映画評を書いています。ご笑覧ください。
大好きな映画だったので、再鑑賞してみたわけですが、再鑑賞の映画評は簡単になるのが僕の傾向です(笑)。URLを載せておきますね。
http://okapi.at.webry.info/200907/article_10.html

>精神分裂症の人が書いた絵画
天才というものはある意味尋常ではないとも言えるので、さもありなんですね。
オカピー
2013/01/13 19:56

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