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zoom RSS 映画評「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」

<<   作成日時 : 2012/12/23 16:33   >>

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☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
2011年アメリカ映画 監督スティーヴン・ダルドリー
ネタバレあり

allcinemaの某氏によると、本作を作ったスティーヴン・ダルドリー監督のフィルモグラフィーにおいて出世作「リトル・ダンサー」が傑作、「めぐりあう時間たち」「愛を読むひと」が駄作であるというのが定評とのことだが、世評を読むと確かにそういう傾向があることが伺えるものの、そこまで絶対的とは言えないし、僕の鑑賞印象にしても「リトル・ダンサー」は“ものすごく傑作”ではないし、続く二作品も“ありえないほど駄作”ではない。少なくとも僕は全て同じ点数を付け、好き嫌いで「リトル・ダンサー」が僅かに他二作を上回る程度である。

で、本作には全く感心させられた。特に開巻後五分の四くらいの展開までは素直に脱帽したい。

9・11のWTC倒壊により宝石商の父親トム・ハンクスを失って喪失感と後悔に苦しみ自分の殻に閉じこもってしまった11歳の少年トーマス・ホーン君は、父親が青い花瓶に残した鍵の謎を知りたくて、鍵の入っていた封筒に書かれたBlackの文字を人名と考え、電話帳から探し出したニューヨークの主要地区に住む500名近いブラック氏を訪れることになる。

少年を“限りなくアスペルガー症候群に近い存在”と設定したことにより始まる物語の着想が秀逸で、後述するように、ここに本作が秀作たる所以を僕は見出す。隣に住む祖母ゾー・ゴードウェルが間借りさせている高齢の老人マックス・フォン・シドウの存在がその面白さをさらに増幅させている。

祖母不在の時に接したこのドイツ出身の老人は少年の分析によると心の傷が複合した結果数十年間全く喋っていないらしいが、暫くこの老人と二人でブラック氏探しをすることになる。
 相棒が無言の行の老人故に少年は9・11で苦手になった公共交通機関に乗ったり、橋を渡ったりすることを余儀なくされる。必要性により少年の“再生”をかく何気なく小出しに見せていく辺りも実に上手い。

ところが、この老人も戦争を始めとして幾つかの傷を持っているが故に少年が考え出した一種の苦行に付き合うのが辛くなってどこかへ出て行ってしまう。
 やがて少年が9・11の直前に父親が新聞に丸を付けた電話番号にかけてみると、最初のブラック氏(ヴァイオラ・デーヴィス)に突き当る。但し、話をした当人ではなく、その別れた夫ジェフリー・ライトが鍵となる鍵を握っていて、その鍵に合う鍵穴は少年が期待したものではなく、ライトが期待したものに過ぎない。しかし、彼はこの探検により多くの人々がそれぞれ失ったものを抱えていること、その為に彼の喪失感を共有してくれたことに気付く。
 そして何よりも凡人と思って馬鹿にしていた母親サンドラ・ブロックが勿論悲しみを共有、少年の行動を全て把握し、時には先回りしていたことを知って、終盤その正体が明かされる後悔をも乗り越え少年は前進することができるようになるのである。

昨年以来幾つも傷を受けた僕自身がまだ完全に再生できていないことを考えても、安易に再生という言葉は使いたくないが、この平凡な言葉“再生”がやはり本作の少年の姿には似合う。一度受けた大きな傷は決して消えない以上、厳密には完全なる再生はなく、前進する力を得たという表現がふさわしいのだろうが。
 シドウが戦時中に受けた傷や恐らく渡米してから加えられた傷により話さなくなった姿が少年と重なり、再び神秘的な間借り人として戻って来るのも同じで、この重層的でらせん状に交錯する部分が僕が最も感銘を受けたところであるが、少年が決めつけるように老人は実際の祖父なのだろう。故意か偶然かトム・ハンクスに妙に似ているところまである。

少年がアスペルガー症候群に極めて近い状態にした点が秀作たる所以と言った。何となれば、一般の11歳の少年であればここまで執拗に用意周到にブラック氏を追い求めることはまずないであろうという特殊性を起承転結の始めに持ってきた後、完全なる病気でないと予想されることによりお話に普遍性を持たせたその巧みさである。純然たるアスペルガー症候群の少年にしたら特殊性から観客が意味を得る普遍性に昇華しない可能性が出てくるわけである。鮮やかと言うしかない。

本作がやや弱いのは終幕部分で、母親の告白をもう少しコンパクトに処理してほしかった。この段で色々なブラック氏を回想させることは僕が前半で既に感じていたことを再確認する意味しかなく、アメリカ映画的な甘さが僅かながら顔を出している。しかし、大きな瑕疵でなく、考え方次第では上手く主題を強調出来ているので、敢えて問題扱いするには及ばない。

ニューヨークにかつてあったと父親に教えられたニューヨーク“六区”の発見で終わるのも“喪失と再生の物語”にふさわしい巧みな結語と言うべし。

9・11以降、直接話法を避けて一般的家庭再生ドラマというオブラートにくるみ、或いは交通事故死に仮託して再生ドラマを試行錯誤的に大量に作って来たアメリカ映画界が遂に9・11による家族喪失の苦しみを直視する映画を作れた感慨が一番大きい。やはりあれだけの大きな事件に直接向き合うには十年の歳月が必要なのであった。

原作は、ジョナサン・サフラン・フォアの同名小説。本場アメリカにおける評価が実力に比して低いのが残念でござる。

浅草六区からは名画座が消えた。

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ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
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テアトル十瑠
2013/04/14 20:07

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
こういうじっくり観て考えなければいけないような映画は、アメリカ人は苦手なようですね。
最近の日本人にもその傾向があるようですが・・・・
『アベンジャーズ』のような映画の方がいいようで・・・(^_-)
作っただけでもよしとするか?でありますな。

自宅近所のスーパーにあった小さな映画館も消えました・・・・ヤレヤレ・・・
ねこのひげ
2012/12/24 06:43
ねこのひげさん、こんにちは。

日本も本当に映画好きだった人が高齢化し、かつ、若年層に本当の映画ファンが減っていますから、大差がないような気がします。
今のアメリカの大衆映画は品位が低くて僕の嗜好に合わないのが多く、ぽつりぽつり見ている日活アクションの方が“映画的に”面白いと思います。欧米映画でも昔の「007」のほうが今のスパイ映画、スーパーヒーロー映画より楽しいです。
オカピー
2012/12/24 22:20
>少年がアスペルガー症候群に極めて近い状態にした点が秀作たる所以と言った。・・・観客が意味を得る普遍性に昇華しない可能性が出てくるわけである。

この段の洞察に感服いたしました。1回目の鑑賞で少年の言動に馴染めないものを感じつつ観ていたのに、終盤でそのイヤな感じが吹っ切れたのは、まさしくそういう計算が正解だったわけですね。
十瑠
2013/04/14 20:18
十瑠さん、こんにちは。

いや、どうも、恐れ入ります<(_ _)>
いつ頃からでしょうか、映画(小説や劇も含む)における物語や設定の特殊性と普遍(一般)性の関係という観点から作品を鑑賞する傾向が出てきたものですから、本作でもその辺りが最初に頭に残ったのでしょう。

十瑠さんの気持ちの変化は、多分そういうことなんだと思います。
オカピー
2013/04/14 21:13

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