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zoom RSS 映画評「マイキー&ニッキー」

<<   作成日時 : 2012/11/07 10:19   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
1976年アメリカ映画 監督エレイン・メイ
ネタバレあり

エレイン・メイの名前は「ふたり自身」(1972年)で憶えたから、基本的に喜劇作家のイメージが強い。
 本作は昨年亡くなったピーター・フォークと大分前に亡くなったジョン・カサヴェテスの二人を主演に作った一種の逃走ドラマで、フォークを主演に映画を幾つか作ったこともある映画監督カサヴェテスの手法に準じて作ったようである。

お話は、胴元になったことで組織に追われる羽目になったカサヴェテスが深夜に少年時代からの友人フォークに説得されて閉じこもっていた部屋から出るところから始まる。
 我々観客はフォークの言動が友人を売る為の言動なのか暫し解らない状態が続くうちに、彼が妻に電話をし、その妻が殺し屋ネッド・ビーティに行き先を告げるという連絡網でフォークが友人を裏切ったことが判って来る。恐怖もあって少々言動がおかしくなっているカサヴェテスは予定していた映画館ではなく母親の墓参りをすると言い出した為ビーティはぶらぶらするしかなく、その間に二人は子供時代の話をして友情を確かめ合う感じになるが、フォークは彼が父の形見の時計を壊したことから愛想を尽かしてしまう。

エレイン・メイが脚本・監督だから一見真面目に見える喜劇なのではないかと思って観ていたのだが、一向にそういうムードも出て来ず、フォークの裏切りが発覚してからはこちらもシリアス・ドラマと確信する。こちらの勝手な思い込みがあるにしても設計に問題があることは否定しきれない。

映画は、夜中から早朝にかけてという限られた時間の枠の中で、殆ど二人のやり取りを捉えた長回しとごく少ないシークエンスで構成されている。ロケーションを使っていてもどうしても演劇的になり丁々発止の演技合戦の面白さと引き換えに切れ味を犠牲にする反面、クロースアップで人物の心理に映画的に迫るというカサヴェテス映画を観ているが如しである。
 いずれにしてもこの長回しのショットとクロースアップの組合せは演ずる俳優に高い演技力を要求する手法であり、二人はその要求に十分応えている。フォークは「刑事コロンボ」だけの役者ではなかったのだ。

映画的には明るくなった朝カサヴェテスを家の中に入れず見殺しにする幕切れの断裁的な扱いが秀逸。ジレンマに苦しむフォークの内面が行間に伝わってくるようで、なかなか辛い幕切れと言うべし。

先般亡くなったのはノーラ・エフロンね。どうもエレイン・メイと混同してしまう。

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『マイキー&ニッキー』(エレイン・メイ)
まさかのピーター・フォーク追悼上映となってしまった『マイキー&ニッキー』、当然劇場に駆けつけてきました。 ...続きを見る
愛すべき映画たち
2012/11/20 15:25

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ピーター・フォークは『刑事コロンボ』のイメージが強すぎますが・・・長い下積みの間に鍛えられた演技は俊悦でありますな〜

晩年は、アルツハイマーで、自分が誰かもわからず、ビバリーヒルズを徘徊しては保護されたというニュースを聞いておりましたが・・・・
惜しまれることであります。
ねこのひげ
2012/11/08 04:45
ねこのひげさん、こんばんは。

「刑事コロンボ」以前も知る人ぞ知る脇役でしたが、「コロンボ」の間に出たカサヴェテス作品における演技の評価が高いです。

>アルツハイマー
有名人にも結構多いですね。
わが両親は頭は異様なくらいクリアでした。特に母親は凄かった。
オカピー
2012/11/08 22:26

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