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zoom RSS 映画評「瞳は静かに」

<<   作成日時 : 2012/11/27 11:24   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
2009年アルゼンチン映画 監督ダニエル・ブスタマンテ
ネタバレあり

同じアルゼンチン映画に「瞳の奥の秘密」という秀作があったが、「瞳」は共通してもこちらはダメである。少なくとも事前に何も知らないで観る僕のようなタイプの映画ファンには全然向いていない。予め映画が設定した舞台の時代背景を知った上でアルゼンチンの歴史を調べて観て初めて何を描いているのか解るという作り方をしているからである。だから、事前に勉強して観るタイプの方には受ける可能性があるが、それにしてももう少し親切な作り方があるだろうに。

看護婦をしていた母(セリーナ・フォント)が事故死して、主人公の8歳くらいの少年アンドレス(コンラッド・ヴァレンスエラ)が兄と共に、別居していた父ラウル(ファビオ・アステ)が暮している祖母オルガ(ノルマ・アレアンドロ)の家に引き取られる。

という序盤から解らないことだらけ。
 勘の良い方なら開巻直後の警察ごっこでかなり解るのだろうが、まず夫婦の関係を描いていないから、祖母の家に越して来たのかどうかも解らない。その前に母の遺品を殆ど焼きつくす意味も解らない。上から落ちてきた文書類の意味も解らない。病院で看護婦の彼女が男二人に病室の前で止められ、重傷を負った女性を見て動揺するのも解らない。結局彼女はその動揺が元で事故死するのだから何をか言わんという感じで、これが1970年代後半の軍事政権が権力を握っていた頃のお話と知っていれば、想像力を働かしてお話が繋がって来るのだが、残念ながら僕が背景を知ったのは映画を観終わってチェックした映画サイトによってである。

少年に近寄って来る青年(マルチェロ・メリンゴ)が当局関係者であり、母と関係のあった男が反体制派であったことなどもそれにより推測出来る。夫婦が別れた理由もそこにあるのかもしれないし、祖母は反体制派を密告することなどで保身に走っていたらしい。おぼろげに家と社会の秘密に気付き傷ついた少年の心は、祖母が死んだ時にも、もはや動くことはない。本作が曖昧な作り方をしているのは、恐らく少年の目を通したお話であるという設計に基づくものであろう。

という次第で、もう一度観れば場面の意味が一々解ってなかなか興味深い作品になりそうだが、同じ映画は続けて観ないことにしているポリシーを崩してまでもう一度観る気になるほど潜在的魅力を感じさせるものはない。

監督は新人ダニエル・ブスタマンテ。

映画は想像力に喚起した方が感動が大きくなると言っても、想像力には限界があるのであります。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
まさに!観客の想像に任せるといっても、もう少し語ってくれないとわけわからないですね。
小説でもこんなのが、けっこう多いですね。
独裁国家だからか?
ねこのひげ
2012/11/28 05:47
ねこのひげさん、こんにちは。

テロップで、年代だけでも出してくれたらもっと解ったんですけど。
アメリカ映画なら観ただけでもある程度時代が推定できますけど、アルゼンチンでは無理でした。少なくとも、僕はすっかり現在に近い時代と思って観ていましたから、全然意味が解らなったんですよ。
オカピー
2012/11/28 21:11

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