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zoom RSS 映画評「テトロ 過去を殺した男」

<<   作成日時 : 2012/11/17 10:27   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
2009年アメリカ映画 監督フランシス・フォード・コッポラ
ネタバレあり

前作「胡蝶の夢」が解らないようで何となく解ったような気分で終わったのに対し、物語自体はぐっと解りやすい本作が目指したものを正確に語る方がずっと難しいと思われる。少なくとも僕には難業である。

軍艦の料理係になった17歳の少年アルデン・エーレンライクが休暇で、ずっと昔に姿を消してアルゼンチンに住んでいる兄ヴィンセント・ギャロを訪れる。有望な作家だった彼は精神を病んで知り合った精神科の女医マリベル・ヴェルドゥと同棲中、現在は劇場の照明係をしているが、母親を知らない弟は自分の出自に関係があるものがあるのではないかと物色しているうちに兄の書きかけの原稿を発見、兄が自分の運転中にソプラノ歌手の母を事故で失ったこと、世界的な指揮者である父クラウス・マリア・ブランダウアーが同業の伯父(父の兄)を犠牲にして地位を得たことなどが判って来る。父に作家になることを反対されてギャロは出奔したらしい。

というのが前半で、現在進行形の部分はモノクロであり、兄の原稿の中の出来事はカラーで表現されている。形としては反戦映画の傑作「ジョニーは戦場へ行った」(1971年)と同じく主人公の暗鬱な気分を反映する形で現実がモノクロになっているのである。幻想的なダンス・シーンはともかく、原稿の中の出来事も鬱屈するようなものばかりだが、生活環境などを差別化する目的を含めてカラーが用いられたのであろう。その証拠に同じ過去でもマリベルの回想シーンはモノクロである。

荒れた山地の広がるパタゴニアへの旅を経て、やがて弟が結末のない兄の原稿に書き足して一編の小説を書き上げ、パタゴニア祭という催し物の優秀作候補になる。共作者となる兄は行方をくらますが、因縁のある批評家の前に壮絶な顔をして現れると共に、弟に「自分は兄ではなく父である」と告げる。兄が恋人を父親に奪われて自殺された為に失踪した真相がここではっきり判る。

最後は、車が走りまわる夜の大通りの真ん中を呆然と歩く息子を追い掛け、抱きしめる。弟がバスから降り、やがて兄に従う序盤と対比的な対称となる幕切れになっていて、旧作「ワン・フロム・ザ・ハート」(1982年)の演劇スタイルが頭をよぎったり、(父権主義的な)父と子、兄弟の関係が「ゴッドファーザー」(1972年)を彷彿とさせた挙句、まるで“ギリシャ悲劇”の如き父子関係の判明を通して、「ゴッドファーザー」的家族関係を否定している。

そこから浮かび上がる筈の“狙い”が僕にはよく解らないというのが正直なところなのだが、映画の作り方としては、潜在意識的にフェデリコ・フェリーニの映画特に「8・1/2」(1963年)の影響を受けているような気がして少々興味深い。あの作品も車から黒い服を着た中年主人公が空に飛び出す開巻場面と白い服を着た子供時代の主人公が出てくるラスト・シーンとを対比的に対称させて作っていた。

ついでにコッポラは尊敬しているらしいマイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガーの「赤い靴」と「ホフマン物語」の名前を映画の中で出している。

ということで、明日はパウエル=プレスバーガーの作品をUPする予定。

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