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zoom RSS 映画評「無頼無法の徒 さぶ」

<<   作成日時 : 2012/10/13 14:53   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
1964年日本映画 監督・野村孝
ネタバレあり

2004年に三池崇史が「SABU さぶ」のタイトルで映画化した山本周五郎の時代小説「さぶ」の最初の映画化で、明治初めが舞台と言うこともあって日活映画にしては格調が高い。

恐らく物語の始めは江戸末期で、ここで“芳古堂”という経師屋で働く少年栄二とさぶの関係、即ち、内向的で不器用なさぶには自分をリードしてくれる栄二がなくてはならぬ存在であることが描かれる。
 10年後栄二(小林旭)が呉服屋“綿文”の娘に一方的に思いを寄せられているのを見て、昔から彼を良く知る“綿文”の女中すえ(浅丘ルリ子)は嫉妬心を覚える。
 本作の幕切れはどんでん返しのように見えるが、彼女の嫉妬心が栄二の運命を大きく変えることは、きちんと映画を見ていれば最初から解る。栄二が“綿文”の家宝たる古代箔白地金襴を盗んだ濡れ衣を着せられた時犯人はすえと確信した。彼女の立場では、浅墓にも、これで栄二と“綿文”との縁が間違いなく切れるもとの思う筈だからである。

しかし、彼の冤罪は認められずに石川島の人足寄場に送られる。その前に彼が面倒を見て来たさぶ(長門裕之)が「本当は自分を馬鹿にしてきた復讐の為に自分がやった」と(嘘の)告白をした為、彼はすっかり心を閉ざしさぶへの復讐だけを生きがいに日々を過ごし、遂に脱獄を決意する。その時火事が起き、自分を官吏に売った憎い相手である寄場仲間を救い、その行為を以って官吏たちが大目に見てくれたことで彼の復讐心が氷解する。
 めでたく釈放された彼とすえの祝言をさぶとかつて栄二に思いを寄せていた酒屋“すみよし”の女中のぶ(小林千登勢)が取り持つことになるが、ここですえを自分の旧悪を告白する。目の前が真っ暗になった栄二に彼のいない間にすっかり成長したさぶがすえの思いを悟らせる。

序盤と全く綺麗な対称を構成する幕切れと言うべし。序盤ではすえは去っていく栄二の前景にあり、幕切れでは奥方向に消えて行こうとする。それを栄二が追いかける。日活映画では珍しいが、昔の映画はこういう部分が非常によく工夫され計算されていた。あっぱれである。

さて、さぶが成長したのは実は栄二が帰って来た時の為に店を持たせようと克己して励んだ結果であり、その成長の証拠は吃音がすっかり治っていたことからも解る仕掛けになっている。

本作の登場人物は皆それぞれに利己主義という弱さ即ち悪を抱えている。すえについては言うまでもない。あれほどさぶを面倒を見てきたつもりの栄二でさえ、潜在意識として彼を馬鹿にしていたのではあるまいか。さぶは栄二に感謝しながらも彼の潜在意識に気付いて思い余って本気の憎しみを見せてしまう。一番軽い罪ではあるが、栄二を絶望の渕に追い込んだのは彼でもある。ところが寄場の火事で人を助けたことを官吏がきちんと評価してくれたことが栄二を前の素直な人間に戻す。自分を含めて悪も善も一緒に持つのが人間であるということにおぼろげに気付き、恐らく真相に関係なくさぶを許せる人間に成長しているのである。

山本周五郎らしい人間観が感銘をもたらす。山田信夫の脚色よろしくシークエンスをきちんと構築し、心情の変化がよく解るという意味ではリメイクに優る。この当時の日活もやる気になれば東宝・松竹・大映に負けない格調あるシャシンが撮れることが解りました。

長門裕之がちょっと太り始め、若い頃ほど桑田佳祐に似ていない(笑)。



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・ィ・鬘シ

・?ッ・ィ・ケ・ネ、オ、?ソ URL 、マシ霹タ、ヌ、ュ、゙、サ、?ヌ、キ、ソ


Generated Sun, 14 Oct 2012 00:47:01 GMT by bvxa701633
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
あのころは、時間も金も・・・・気概もたっぷりあったということでしょう。
あのころの俳優のギャラの表を見たことがありますが、ハリウッド俳優に負けないくらい貰っていたようですしね。

桑田佳祐は長門博之の隠し子ではないかと、盛んに言われていた時期がありましたな〜
ねこのひげ
2012/10/14 05:04
ねこのひげさん、こんにちは。

1960年は観客動員数が10億人を超えて最盛期ですね。
日本の映画会社も景気が良かったのでしょう。
(それからTVの普及で漸減すると言っても1965年くらいはまだ4億人くらいは入っていたと記憶してます)。
俳優さんは年間10本くらい主演する人がざらにいました。脇役の人にはもっと多かった人もいらっしゃるでしょう。

>隠し子
それくらい似ている。年齢から言っても不思議ではない(笑)。
特に「にあんちゃん」の頃は瓜二つでしたなあ。
オカピー
2012/10/14 22:42

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