プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画評「ポー川のひかり」

<<   作成日時 : 2012/08/31 09:57   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 2

☆☆☆(6点/10点満点中)
2007年イタリア映画 監督エルマンノ・オルミ
ネタバレあり

ゲルマン大移動の一つとして僕が記憶しているのは6世紀にロンゴバルド族がポー川周辺に住み着きそこからイタリア全土に勢力を広げていき、従来から住んでいたローマ人との和合が進んでいってロンゴバルド王国を作ったことである。現在のイタリア人の原点があると言っても良い。本作の内容にも多少関係があるかもしれないので一応書いておきます。

傑作「木靴の樹」(1978年)で日本人にも知られることになったエルマンノ・オルミは最後の正統ネオ・レアリスモの作家と思っているが、ご本人が最後の長編劇映画と位置付けたという本作はタッチこそそれらしいものの、お話は一種のアレゴリーである。

夏休み中のボローニャ大学の図書館で貴重な古文書を含む大量の書物が磔にされているのを守衛が発見、犯人と目される若い哲学教授ラズ・デガンは僅かな金銭をもってポー川のほとりの古い家の址に目を付け、親しくなった郵便配達夫やホームレス連中と共に家を作って住み着く。が、彼らの住む川の中流に港を造る為にホームレスたちは強制退去の憂き目に遭い、抗議をしたら罰金を払えと迫られた為、彼は(実は使えなくなっている)クレジットカードで罰金を払おうとして遂に御用となってしまう。

一言で言えば、真の人生(哲学)は書物即ち机の上にあるのではなく、人々との触れ合いにある、というオルミの人生考察の一編と言うべき物語で、展開するに連れてキリストと後の使徒たちやマグダラのマリアとの関係とオーヴァーラップする部分が増し、普及活動以前のキリスト教或いは宗教の素朴な原点を見させるかのようなお話の構図となっている。

しかるに、本作では、捕えられたキリストは復活(釈放され)はするけれども使徒の前には現れない。オルミとしてもさすがに聖書そのままではネオ・レアリスモ系統の作家としての矜持が許さなかったのかもしれないが、それ以前に若き哲学者の言動には書物=哲学の理を捨てきれない部分があり、彼の思惟の実践はヤスパースの実存主義からジャン=ジャック・ルソーの「自然に還れ」に還る程度のもののように感じられる。ルソーは最終的に人間が自然に帰れないことを前提にこの文言を使い、書物や知性を捨てたわけではない。

文明批判的な立場のお話としてなまなかになった所以で、恐らく狙いだったにちがない人間存在の原点にまで踏み込むことはできず、オルミの作品としては「木靴の樹」の圧倒的な筆致に比べると相当物足りない。

さすがに画面には秀逸なものが多く、ホームレスたちがたむろしている川辺の向うで役人のボートが通り過ぎる部分のロングショットなど何でもないようだが素晴らしい感覚に横溢している。こちらはなまなかではない。

劣悪化が顕著な他映画先進国産出品に比べ、漸減(激減?)する輸入量に反比例して、我々が観られるイタリア映画のレベルが高くなっているのは誠に喜ばしい限り。

(「松の木小唄」のメロディーで)♪ポー川だけがポーじゃない。エドガー・アラン・ポーに「父ちゃんのポーが聞える」に・・・字余り

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
ポー川のひかり
公式サイト。原題:Centochiodi。英語タイトル:One Hundred Nails。エルマンノ・オルミ監督、ラズ・デガン、ルーナ・ベンダンディ、アミナ・シエド、ミケーレ・ザッタラ。冒頭のボローニャ大 ... ...続きを見る
佐藤秀の徒然幻視録
2012/08/31 10:44
ポー川のひかり◎Cento Chiodi
ある日、川をさかのぼってキリストさんがやってきた。そして廃屋で村人に語り始めるーーー。 9月3日、京都シネマにて鑑賞。午後7時15分からの上映なので、仕事が終わってからシアターへ直行しました。1日2回のみの上映。5日以降は何と1回のみらしい。上映回数が... ...続きを見る
銅版画制作の日々
2012/09/02 17:43

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
本や映画の中にも、真の人生はあると思うけどな〜
「青年よ、書を捨てて街に出よ」と言った作家がおりますが、タモリさんがずいぶんからかっておりました。
いまは本を病んでくれる人が少なくなって、漫画まで売れなくなって、出版界は四苦八苦状態でありますけどな〜
ねこのひげ
2012/09/01 04:41
ねこのひげさん、こんにちは。

ええと、僕の言葉が少々舌足らずでして、哲学者が机の上でいくら人間について考えてもそれは虚しいものでしかない、といった意味です。 
彼が、一般的な小説についてどう思っていたか本作の描写からは解らないんですよね。あるいは哲学書・宗教書だけなのかもしれません。

尤も、主人公が寺山修司の如く本を捨てて街ならぬ田舎に出たのは間違いない事実であり、ねこのひげさんの不満も解ります^^

>出版界
電子書籍が流行っていますし、それ以前に趣味の多様化もありますね。
とにかく、本はやはり紙で読むに限ります。
図書館にないものをネットで探して読むこともまれにあります。
小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」が“青空文庫”で読めた時は嬉しかったです。
オカピー
2012/09/01 21:46

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
映画評「ポー川のひかり」 プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる