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zoom RSS 映画評「女と男のいる舗道」

<<   作成日時 : 2012/07/10 09:46   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
1962年フランス映画 監督ジャン=リュック・ゴダール
ネタバレあり

ジャン=リュック・ゴダールの長編第4作は彼の作品史上恐らく最もストレートにして、同志フランソワ・トリュフォーに通ずる文学的なタッチを特長とし、後に袂を分かつ二人の蜜月的ムードを感じさせる。
 大学時代に初めて観て、恐らく今回が三回目の鑑賞となるはず。

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子供を相手の実家に残して家を出たアンナ・カリーナはレコード店で働くも安月給で家賃もままならず、シャンゼリゼでぶらぶらしていると街娼と間違えられて男に声を掛けられ、お金を貰う。やがて女好きのするポン引きサディ・レボに惹かれて指導されるまま売春を生業とするようになるが、別に好きな男が出来て別れようとするや否や他の組織に売られそうになり、取引の現場でモタモタするうちに双方に撃たれて死んでしまう。

というお話がモノクロ映像で十二章に分かれて進行する為文芸的な匂いが漂う一方で、章の独立性が非常に強くて非連続的に物語が連続する独自の面白さを呈する。

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他作のように文字が画面いっぱいに広がるといったお遊びはないものの、文字と、お話の進行とは殆ど関係のない無秩序な台詞を大いに利用するのはゴダールらしく、アンナが哲学者ブリス・パランと会話する第十一章はまるごと本当の即興演出即ち事実上のドキュメンタリーになっていて、そこでのアンナは他のショットよりぐっとフォトジェニックに捉えられ、モノクロの良さ(注*)を大いに発揮して強烈な印象を残す。
 (注*)モノクロの良さについて説明するのは難しいが、色がないことにより想像力が喚起されやすいこと、色の代わりに物の形が強く印象付けられること、などがあると思う。

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また、長編第一作「勝手にしやがれ」でもジャン=ポール・ベルモンドが死んで終わるが、それより本作の幕切れはぐっと断裁的に処理され、別の鮮やかさがある。

ゴダール贔屓のallcinemaの解説が触れているようにアンナの役名ナナが娼婦故に必然的にエミール・ゾラの長編「(娼婦)ナナ」を想起させるわけで、、トリュフォーのバルザック好きに対抗する印象を残して個人的に大変興味深い。原作はマルセル・サコット判事の「売春婦のいる場所」。

この邦題の意味するところがこの年になってやっと解りました。遅いですなあ。

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女と男のいる舗道
(1962/ジャン=リュック・ゴダール監督・脚本/アンナ・カリーナ、サディ・レボ、ブリス・パラン、アンドレ・S・ラバルト/84分)・お薦め度【★★★=一見の価値あり】 ...続きを見る
テアトル十瑠
2012/07/10 10:07

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
池袋か飯田橋でのゴダール特集で観た記憶がありますな〜

モノクロのほうが色を感じると言った方もおりました。

このころの邦題は粋なものが多かったですな。
ねこのひげ
2012/07/11 05:03
ねこのひげさん、こんにちは。

僕も「男性・女性」は池袋文芸坐か飯田橋佳作座だったかなあ。
「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」はリバイバルで、どこかのロードショー館だったと思います。入れ替え制ではないから「ピエロ」は二回続けて観ました。

>邦題
上手くて洒落て良い邦題ですねえ。
本作を再鑑賞しながら、外相ならぬ街娼が男を待っている風景のことを指しているとやっと解りましたよ。勘で映画を観てきた僕にしては鈍感でしたかなあ(笑)。
オカピー
2012/07/11 10:32

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