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zoom RSS 映画評「最後の賭け」

<<   作成日時 : 2012/07/21 10:03   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
1997年フランス映画 監督クロード・シャブロル
ネタバレあり

長編第2作「いとこ同士」で鮮烈な日本デビューをしたヌーヴェル・ヴァーグの代表的監督クロード・シャブロルは続く「二重の鍵」でミステリー・サスペンスに取り組んで以降かなり多くのサスペンスを作った。若い頃のタッチに比べると後年の「ボヴァリー夫人」など実に堂々たる演出ぶりで感心させられたが、日本では半正式公開に留まったらしい本作のようなタイプが彼本来のフィールドと言うべし。

リヴィエラのカジノで中年美人イザベル・ユペールがそれなりについた男と親しくなり、その様子を老人ミシェル・セローが見ている。彼女がレストランで酒に睡眠薬を入れていた為いざベッドインとなる寸前に男はお休みになってそこへセロー老が現れ、彼の免許証を抜き出しサインの真似が上手な彼女が小切手に裏書きしてその場からどんずら。

という最初の一幕で彼らの詐欺師コンビたる正体をたっぷり紹介した後、今度は歯科医学会の行なわれるスイスに退役軍人として飛んだ彼は先に来ていたイザベルと合流するが、彼女は500万ドルを運ぶ男フランソワ・クリュゼと知り合っていて、二人の男性に互いの正体を打ち明けて、その金が入ったバッグを巡る策謀を繰り広げさせる。

ここが起承転結の承に当たる部分で、少々気になったのが彼らがスイスにどんな目論見を持って出かけたか全く解らないこと。往々にして計画は狂うものだが、結局はクリュゼ事件に終始して歯科医師会で何をしようとしていたのかよく解らず、大方最初の詐欺と似たようなもので出たとこ勝負なのだろうが、どうも気になって落ち着かない。

500万ドル持ち逃げを決めたクリュゼと強奪を計るセローの間でのコン・ゲームは二人を天秤にかけているような節があるイザベルを介して気の抜けない心理戦となって行くが、結局このコン・ゲームは勝者なしに終わる。大金の受け取り主である暗黒街組織がクリュゼを殺し二人を脅迫して本物のバッグを開けさせるのである。

どうも21世紀の映画を見過ぎたせいかクリュゼは本当は死んでいずどこかでどんでん返しがあるのかと思って見ているとそんなことには一向にならない。クリュゼは本当に一味に殺されていたのである。

このシークエンスで出てくる海岸(再びリヴィエラ?)はご存知「太陽がいっぱい」の幕切れを大いに思い出させる。ルネ・クレマンがヌーヴェル・ヴァーグに対抗して作った新感覚スリラー「太陽がいっぱい」へオマージュを捧げたなんてことはまさかあるまいが、デビューから40年も経ってヌーヴェルヴァーグの連中も大人になりましたかな。

それはともかく、本作は製作された1997年においても恐らくのんびりした印象をもたらしたであろうし、まして現在見ると実にゆったりしているが、寧ろフランス映画らしくのんびりとしているのは悪からず、加えて隠し味的にヌーヴェル・ヴァーグの連中が師と仰ぐヒッチコックのユーモア感覚が見出されてニヤニヤ。

結果的に特に収獲と思えない出来だが、刺激ばかり追っている昨今の映画に比べると極めて映画らしい仕上がり。採点はともかく憎めない作品と言うべし。

シャブロル版「泥棒成金」といったところかのう。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
映画を観すぎているおっさんからすると、まだなにかあるのではないかと期待というか疑ってしまうので、あらっ?でありました。
饒舌な映画も困るが、説明が少なすぎる映画も困りますが、それがフランス映画らしいといえば、らしいですな。
ねこのひげ
2012/07/22 06:15
ねこのひげさん、こちらにもコメント有難うございます。

>映画を観すぎているおっさん
僕が昨年変な病気になったのはやはり映画を観すぎているせいで、世の中の何事も信じられなくなってひどく不安になってしまった、というのは医者ではなく、僕の自己分析です^^;
それはともかく、本当にどんでん返しがあると構えて観てしまう癖がついてしまったのは困りものです。ああ、罪深きもの、汝の名前は「シックス・センス」なり。

特にある時代のフランス犯罪映画は台詞は少ないけれど要らん描写が多くて、ダラダラしてしまう傾向にありました。僕もそういうところに少々退屈感を覚えながらも、どこか愛しているところがありました。
リュック・ベッソンがフランス犯罪映画を大分アメリカナイズしてしまってから、なかなかそういう印象を覚える作品が減ってがっかりです。
オカピー
2012/07/22 22:26

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