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zoom RSS 映画評「女性の勝利」

<<   作成日時 : 2012/04/29 09:33   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
1946年日本映画 監督・溝口健二
ネタバレあり

溝口健二の戦後第一作。
 そもそも溝口監督は戦前から女性映画を作り続け、1930年代には「浪華悲歌」(1936年)や「祇園の姉妹」(1936年)といった鬼気迫る傑作をものしている。その基底にあるのは社会に埋もれる女性の悲劇で、戦後になると民主主義化に合わせて女性の差別・虐待からの解放をテーマにした作品を作り始める。

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戦後第一作たる本作は正にその象徴的な内容で、まずヒロイン田中絹代が女性弁護士であること自体が既にテーマを主張している。
 彼女は姉・桑野通子の夫である検事・松本克平が有罪に持ち込んだ自由主義者・徳大寺伸を恋人に持つが、戦後の思想犯釈放で出て来た彼は重症患者でもはや活動することもままならぬ。
 そんな折り彼女の女学生時代の同級生・三浦光子が夫亡き後前途に絶望して起した心中に失敗、嬰児殺しの罪を負うことになり、その事件を巡りヒロインと義兄が弁護士と検事の立場で対決することになる。

お話としては格好が付いていて、絹代女史が被告は封建社会の被害者だと説けば、松本検事が母性の欠如した社会からの落伍者であると反論する論戦ぶりはなかなか興味深く、野田高梧と新人だった新藤兼人の台詞はよく練られている。
 反面、作劇的には著しくバランスを欠き、余りに露骨に台詞で説明されてしまうので「夜の女たち」(1948年)のような風俗的描写から見せて行く面白さに欠如する恨みはあるが、不思議と説教臭さは薄い。寧ろドラマとして完成度が高くもっと力強い「夜の女たち」がヒロインら女性たちの凡そ嘘っぽい変節によりがっくりさせてしまうのに比べると、ヒロインの性格・主張は一貫してトーンの不安定さが見られないのが功を奏したのかもしれない。

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と一応は誉めてはみたものの、全体としては弁論大会を聴くが如きメッセージの直球勝負に終始、映画らしい潤沢に欠け、佳作とは言い難い。

野田高梧と言えば小津安二郎作品をまず思い浮かべる脚本家だが、その小津は溝口とはまるで逆に戦前から力強い女性を登場させた作品を幾つか作っている。中でも「淑女を何を忘れたか」(1937年)は典型で、当時日本には二つの女性像があったことに気付かされる。つまり、大都市圏の中上流階級における進歩的で強い女性たちと、地方若しくは下層階級における虐げられた女性たちである。野田高梧が極端に女性観が異なる二大監督の脚本を書いたのは映画史的に非常に興味深い。

品を良くした「TVタックル」(政治評論家・三宅氏と田嶋女史との舌戦)みたいなものでござる。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
溝口健二は、女性の悲劇を描くのが得意だったようですが、実は、女優にとっては溝口健二の作品にでるのは悲劇だったようですね。
淀川さんだったかだれだったか・・・忘れましたが、溝口健二は自分がアイデアに詰まると、同じシーンをなんどでも、20回30回やり直しさせたそうで、女優としてはどこが悪いのかわからなくて、悩んだそうですが、実は、溝口健二がアイデアが出なかっただけだったそうです。
迷惑なおっさんです。
ねこのひげ
2012/04/30 05:43
ねこのひげさん、こんにちは。

とにかく言葉では演技指導をしなかったそうで、溝口健二が作った「女優須磨子の恋」という映画の中で、明治時代のかの伝説的女優・松井須磨子が島村抱月に何度も演技を繰り返させられる場面では、溝口監督自身もかくやと思わせて、ニヤニヤして観ておりました。

淀川さんは小津安二郎は嫌いだったけど、溝口御大はどうだったかなあ。そんな話も聞いたような気がしますが、忘れてしまいました。
オカピー
2012/05/01 01:35

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