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zoom RSS 映画評「女優須磨子の恋」

<<   作成日時 : 2011/08/29 12:11   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
1947年日本映画 監督・溝口健二
ネタバレあり

島村抱月と松井須磨子は演劇史に留まらず文学史的にも重要な位置を占めている。それはともかく、溝口健二が二人の活動を描いたこの作品は初鑑賞の筈なのに観たことがある気がするのは、故意か偶然か同じ年に衣笠貞之助が作って競作となった「女優」を観ていたからである。もう10年近く前のことであり、安易に比較できないが、その時の鑑賞記録では同作に対しかなり良い評価を与えている。かの作にはドラマ性がかなりあったような気がするが、この溝口作品は音声がよく聞き取れないところがあるせいか、或いは当日の体調不良のせいか、二人の研究者向けの映画であるかのように展開が平板な印象を禁じえない。

坪内逍遥が創設した文芸協会演劇研究所に入門していた松井須磨子(田中絹代)が、離婚を恐れない近代女性的な態度を舞台監督の島村抱月(山村聡)に認められ、女性の自立をテーマにした「人形の家」のノラ役で日本初の新劇女優として絶大な人気を得、島村とのプラトニックな愛を育くんだ結果揃って研究所を辞める羽目になる。二人は芸術座を発足するなど二人三脚で日本演劇界に大きな足跡を残すが、島村の急死後一度は彼の業績を高める為に舞台で奮闘するものの、彼への思慕が強く後追い自殺をする。

映画としての価値を高めることにはならないかもしれないが、本作は1947年当時の時代背景と大正初めの時代とをオーヴァーラップさせて興味深い。
 まず一つは女性の解放である。勿論「人形の家」の打ち出した女性の自立がまだまだ受け入れ難かった大正の初めと、終戦後では全然比較にならないが、1947年という年は松井須磨子を扱うのに適した年だったのだろう。
 もう一つは島村抱月と松井須磨子の関係が溝口健二と田中絹代の関係をいやがおうにもオーヴァーラップさせてしまうことである。溝口は具体的に演技指導をしない監督だったらしいので、ちょっと違うかもしれないが、島村が須磨子にただ演技を繰り返させる個所など溝口もかくやという気になる。

弘田三枝子、懐かしいねえ。これが解る人は僕より年上の可能性大です。

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