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zoom RSS 映画評「続・道場破り 問答無用」

<<   作成日時 : 2011/01/21 14:28   >>

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☆☆★(5点/10点満点中)
1964年日本映画 監督・菊池靖、松野宏軌
ネタバレあり

“続”は付いているものの、物語としては第一作と全く無関係、原作者の山本周五郎と主演二人が同じというだけである。こちらの原作は短編「大炊介始末」。

秀才の誉れ高い田宮神剣流道場の嫡男・長門勇が突然道場の後継ぎ候補の一人である妹の婚約者・菅原文太を殺害、乱心したと思われた為道場主・北龍二は故郷の紀州に送って彼を慕う四人の弟子に見張らせることにするが、同地でも次々と男たちを腕や足を切り落とし、女たちを手籠にしたという情報が江戸にまで流れて来る。
 仕方なく道場主は修行から戻ったばかりの一番弟子・丹波哲郎を殺害に送り込むが、幼馴染でもある彼が調査を開始すると、男たちからは否定的な意見、手籠にされたと噂のある女たちからは肯定的な意見が出て全く食い違う。

序盤から主人公が全く口を閉ざしている為にミステリー的に進行するところが工夫となっているが、父親さえ知らない自らの出自による苦しみという種明かしが終盤にあり、この類の話はそれ以前から少なからず作られているとは思うが、製作された1964年においては多少新味があったかもしれない。いずれにしても、苦悩の種類から言えば「ハムレット」的で、その詳細を終盤まで伏せて鑑賞者の興味を繋ごうとする作戦である。

その作劇についても必要以上に勿体ぶっていて余り感心できないが、それより何より、おとぼけ演技の長門はミスキャストではなかったかという思いが強い。第一作でのおとぼけは馬鹿が付くようなお人好しという性格の役柄だから適役と思うものの、こちらはハムレットよろしく秀才が突然呆けたようになるという設定である以上凛としたところと呆けたところの対照をきっちり出す必要があり、最初から呆けたような感じでは面白味が出て来ないわけである。剣を使う時だけきりりとしているのでは些か物足りない。

また、終盤丹波が主役の座を奪ってしまうような活躍をするのが前作同様マイナスで、まして後半になってやっと登場する丹波の描写で終わるに至っては理解に苦しめられる。

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