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zoom RSS 映画評「サバイバル・フィールド」

<<   作成日時 : 2010/09/19 14:40   >>

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☆★(3点/10点満点中)
2009年スペイン映画 監督ダニエル・ベンマヨール
ネタバレあり

敵から繰り出されるペイント弾をくぐり抜け、目標地点に置かれた武器を収めたボックスを次々とゲットすれば益々有利になって行くというサバイバル・ゲームに参加したはずの男女たちがいざ始まってみると本当の戦闘になるよう準備されていて慌てるが後の祭り、最後の一人になるまで戦わされる羽目になる。

という恐怖映画だが、参加型アトラクションのように捉えるならともかく、映画としては全く成っていない。内容について書くことが全くないので、この機会を捉えて手持ちカメラと映画言語について暫し語ってみることにする。

手持ちカメラの揺れる画面はドキュメンタリー的で臨場感があるとされて最近よく使われる。何故臨場感があるかと言えば、揺れるからではなく、揺れることによりそこにいる誰かがカメラを操作しているかのように感じるからである。つまり観客は無意識に主観ショットとして捉えている。これが問題の土台である。
 ドキュメンタリーのカメラは文字通り作者の目であるから問題ないものの、一旦ドラマとなれば事情が違い、殆どの場面は神の視点即ち客観ショットでなければならない。例外は「ブレアウィッチ・プロジェクト」や「クローバーフィールド」のようにそこにいる誰かが実際にカメラを回しているという設定の疑似ドキュメンタリー。
 しかし、本作には一緒に行動しているカメラマンはいない設定なので、「揺れれば臨場感が出る」という固定観念、大いなる誤解から作られていることは明らか、阿呆らしいことこの上ない。
 製作上の理由でどうしても機動性の高い手持ちカメラが必要なら必要以外の場面ではなるべく固定カメラに近い印象が出るよう努力すべきだが、本作はショットを切れば良いところを一人の人間が視線を動かすようにカメラを振ってわざわざ長回しにしている。つまり主観ショットと同様の扱いになっているわけで、ここで大矛盾が発生、作者は映画言語という概念を全く有していないことを露呈してしまうのである。

しかも、全編主観ショットもどきの構成に特殊ゴーグルを通して見える本当の主観ショットが挿入される。他の場面を客観的にすればもっとその効果が鮮やかに出たのにね。

人生そのものが十分サバイバル、あんなゲームに興味を持つのは金持ちじゃよ。

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09-334「サバイバル・フィールド」(スペイン)
生きるも死ぬも自分次第  重装備に身を包んだ都会の若者たちがトラックで森の奥へとやって来る。彼らは“ペイントボール”と呼ばれるサバイバル・ゲームの参加者たち。互いに素性を知らない彼らだったが、同じ“グリーン”チームのメンバーとして、森の中に身を潜める“オレンジ”チームと対決、力を合わせて勝利を目指すことになっていた。  こうしてはやる気持ちの中、ペイント弾を装填した銃を手に、森の中へと駆け出していく参加者たちだったが。(「allcinema」より) ...続きを見る
CINECHANの映画感想
2010/09/27 00:40

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