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zoom RSS 映画評「ゼロの焦点」(1961年版)

<<   作成日時 : 2010/01/07 14:12   >>

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☆☆☆(6点/10点満点中)
1961年日本映画 監督・野村芳太郎
ネタバレあり

砂の器」と同じく橋本忍と山田洋次が松本清張の初期代表作を共同で脚色、野村芳太郎が映像化したミステリー。現在リメイクが公開中である。

東京本社に栄転になった会社員・南原宏治が出張所所長をしていた金沢に残務整理に出たまま帰らない為、結婚したばかりの妻・久我美子が事情調査に出る会社の同僚に同行するが、在任中の住所も解らない。親しかったという取引先の煉瓦会社社長・加藤嘉と夫人・高千穂ひづるからも何の情報も得られず、失望のまま帰京して間もなく、彼の兄・西村晃が青酸カリで殺された為に再び石川県へ赴く。
 その間に夫が戦後間もなく立川で巡査をしていたことがあり、その主な仕事がパンパンの取締であることが判明、煉瓦会社の受付嬢・有馬稲子が妙にこなれたパンパン風の英語を使っていたのを思い出す。調査するうちに彼女の内縁の夫が南原のいなくなった日に自殺したことが判明、果たしてその男が自分の夫と同一人物であることを突き止める。受付嬢も“自殺体”で発見され、ヒロインは全ての事件が一人の人間の犯行であると睨む。

構成的には本格推理に近いもので、素人探偵のジャンルに入れるべきものだが、過去を暴かれたくない者が運命の皮肉で再会した人間を殺めるというお話の根幹は「砂の器」に似ているし、水上勉の同名小説を映画化した傑作「飢餓海峡」を男女関係を逆さまにしたようなところがあって興味深い。

但し、素人探偵ものを僕は余り好かない。本作においても警察が南原と有馬稲子の死を自殺と早々に決めつけるのはそそっかしいと言わざるを得ず、その間隙を縫うようにヒロインが真相に近づいていくのには疑問符が付く。
 観客は最終的に、有馬嬢が車に残された青酸カリ入りの洋酒を誤って飲んで死に、その死体を犯人がごく浅い崖下に投げ捨てるのを見る。その状況を慮ると、自殺とさっさと断定できてしまうのは妙なのである。青酸カリを飲んで死のうとする人間が何ゆえにわざわざ中途半端な土手下のようなところ(警察は渓谷と言っているが、あの程度では渓谷とは言いにくい)を選んで死ぬであろうか?

さて、本作の成立要件は結婚した妻が夫のことを全く知らないことだが、現在の若者たちにはその辺りが解りにくいはずなのでリメイクではどう作っているか興味が湧く。Wikipediaにも触れられているように、この時代では【相手のことを知らず写真だけで結婚】という例は我が両親を含めてごまんとあるわけで、ひどい場合には他人の写真で結婚してしまう例(近所の家)すらあったのである。

野村演出を見習ったようなところが散見される山田洋次監督の「霧の旗」同様コントラストの強いシャープなモノクロ映像には迫力があり、北陸の厳しい風景を見事に写し取っている。この辺りにも「飢餓海峡」に通ずるところがあるが、スケールの大きさ、運命の皮肉の妙、配役陣のアンサンブルで同作には大分及ばない。

TVのワイド劇場の原点ここにあり。

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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
どうしてこんな“5昔”も前の作品を
リメイクするんでしょうか、全く理解不能。
「砂の器」の時も私、TV版を見ていた娘に
聞きましたよ〜「ハンセン氏病」のこと
あなたたち、理解できてる?〜
「なんとなく〜」がその返事でした。

断崖の上でのシーンがやたら長くもたもた
した印象が強く台詞も説明的で不自然でね〜。^^;

新婚1週間で雲隠れする夫と、あくまでも
その真相を追いただす妻・・・過去を知られ
たくない金持ち奥様の隠蔽犯罪・・・今観ると
気恥ずかしさも走ります・・何せ“5昔”
ですもの〜。時代を映す清張さん作品の中でも
これは、ちょっと、う〜〜ん、ですね〜。(^ ^);

ところで(本作記事は私は書いてませんがね)
いつもTBがたくさんのプロフェッサー宅、
このところの記事は清張さん続きですが
TBは・・・・・(^ ^)ですよね。
古くて観ている人、少ないのかしらね〜。
vivajiji
URL
2010/01/07 15:46
vivajijiさま

>「砂の器」の時も私、TV版を見ていた娘に
聞きましたよ〜「ハンセン氏病」のこと
あなたたち、理解できてる?〜
「なんとなく〜」がその返事でした。

非人間的な強制隔離政策を定めた「らい予防法」がやっと日本で廃止されたのは1996年のことです。世界では、1956年にローマ宣言が採択され、らい患者の救済と社会復帰の推進がうたわれ、1958年に東京で開かれた第7回国際ハンセン病学会では強制隔離政策をとる日本の政策が厳しく批判されたにもかかわらず、国は全く聞き入れようとしなかったのです。「らい予防法」廃止後もハンセン病元患者のホテルへの宿泊を拒否するなどの事件が、たびたび起きています。「ハンセン氏病」は日本では“5昔”も前の問題ではないように思えます。
映画と関係ないコメントでごめんなさい。ちょっと気になったもので。

TV版ははなから見る気もおきませんでした。
ぽむ
2010/01/07 23:55
vivajijiさん、こんばんは。

>“5昔”も前の
シュエットさんの「天城越え」へのレスでも述べたのですけど、清張さんは時代を精緻に映すので、逆に言えばその時代から離れた時には解りにくく古臭くなる面は確かにありますね。
勿論人間の本質的な部分については普遍的なわけですけどね。

>金持ち奥様の隠蔽犯罪
素人探偵ものですし、基本的にTVの2時間ミステリーそっくりの構図になっております。さすがに見応えはずっとありますけどね。^^
リメイクについては「証文の出し遅れ」ですが、実際どんな風に作っているか一通りの興味はあります。

僕が見られるとしたら早くても来年早々でしょうけど。^^;
オカピー
2010/01/08 01:34
ぽむさん、こんばんは。

vivajijiさんへのコメントとなっていますが、僕が一応レスを。

vivajijiさんが云わんとしたことは「砂の器」のハンセン氏病が古い話題ということではなくて、あくまで「ゼロの焦点」が古臭いお話だということでしょう。

引用されているからには関連はあるわけですが、ターゲットとしているであろう若者たちが知らないことをテーマにした作品を安直にヒットを目指してリメイクするのはどうかという疑問の提示だと思います。
勿論「知らないから作るのだ」という反論もあろうかと思いますが、それでもテーマとターゲットの関連性は依然問題として残るでしょう。

「らい病」という言葉を「ハンセン病」に置き換えただけで問題は解決するわけでもないのに、恐らくTV版は“放送上配慮すべき”「らい病」という言葉を登場させていないのではないでしょうか。これでは訴求する力が落ちてしまう気もします。
オカピー
2010/01/08 01:56
プロフェッサーさまへ。

私の稚拙な書き方のために、ぽむさんには
ご理解していただけなかったところを、的確に
文字にしていただきましてありがとうございます。
ほんとうにプロフェッサーにはいつも感謝です。
(ぺこり)

知識欲に目覚めた頃
映画や音楽や書物の情報の少ないあの頃でも
“知らない自分”が許せずとにかく未知の事柄や
名称など調べたもんです。プロフェッサーもでしょ?^^
わが子たちに「ハンセン氏病」及びその病気が
及ぼした社会的影響の大きさ、そして「国土全部が
田舎みたい」だったその当時の日本に於ける忌み
嫌われ忌避されたその状況など、この母が熱弁を
いくらふるっても(笑)彼らの反応は
「ふ〜ん、そんなことあったんだぁ〜」
これですよ。(- -)
勿論、後日それについて調べたという痕跡は皆無。
ウチの子たちだけが特別ノンキなんでしょうか〜?

幼かった私の耳にも、ひそひそと隠れるように話題に
している親や近所の方々の声色までも確かに私は
覚えていますし1950年代中頃あたりでしたら
今で言う差別言葉のオンパレードでしたよ。^^

時代の空気感を確かに汲み取って人間の闇を
えぐり出す昭和の多作作家:松本清張氏の作品、
特にネームバリューのあるものほど今の時代には
・・・・。ただ有名だからではね〜。


vivajiji
URL
2010/01/08 09:57
ぽむさんへ。

つたない表現、言葉足らずで
申し訳ありませんでした。

仏さまのような命の恩人を惨殺してまで
隠さなければならなかった忌むべき境遇の
基いとなっている病気そのものとその社会的
風評の恐ろしさを、現代作としてどのように
・・・?と、ちょっと憂いていたものですから。
ましてや、本作「ゼロの焦点」の
あの職業など、“その時代”でなければ
感じ取れない表現と意味合いがね〜。
そこんところを味わえないと清張作品の
暗さに耽溺できないと僭越ながらファンと
して考えていたものですから。(ぺこり)

再び
プロフェッサーさま、
軒先を拝借、ありがとうございました〜。^^
vivajiji
URL
2010/01/08 10:16
これは原作が面白かったと。たしかカッパ・ブックスで読んだような。この本くらいからかな? 清張を読み出したのは。本作もテレビ放映だったんでしょうか、ずっと前、もっと前に観た記憶がある。こうして鑑賞してみると、戦後を生き延びる為に街角に立たざるを得なかった、あの時代の悲しさを背負った作品(原作が)だなって思う。新婚早々に失踪した夫の行方を捜す久我美子が真相にたどり着く断崖でのシーンは、TVドラマの火曜サスペンスっぽくって…。
久我美子の淡々と語る表情と、必死に掴み取った幸せにしがみつく二人の女の悲しい過去とくらべると、とても違和感を感じたなぁ。3人の女の境遇の違いが戦後日本の状況なんでしょうね。
高千ちづるを追い詰める形になった久我美子のにわか探偵とでもいいましょうか。淡々と推理を語る久我美子がなぜか不人情にさえ感じられたなぁ。
ただ、日本海・能登の寒々とした光景。松本清張作品にはこの光景がつきまといますネェ。
シュエット
2010/01/08 11:33
vivajijiさん、こんばんは。

出しゃばってしまいましたが、僕の記事が原因でしたので、洞察できる最小限の範囲でレスしてみました。

>“知らない自分”が許せず
僕は生れついての本好きで、誰に言われるともなく小学校に上がる前に国語辞典を開き、地図帳をぼろぼろにし、小学校に上がる時には独力でローマ字も読めるようになっていました。
親戚の家に行くにも必ず本を携えていましたから、今でも語り草になっていますよ。^^;
小学校時代は主に図鑑を買って貰って、色々な分野に興味を持ちました。
中学時代に買ってもらった百科事典を読むうちに、世界の古典を読み尽くすなんて知識欲も起こって、映画と共に色々な知識を増やしていきましたね。
とにかく何でも知りたがったのが僕の青春時代です。

>ウチの子たちだけが特別ノンキなんでしょうか〜?
そんなことはないですよ。
僕の知っている範囲の子供たちは例外なく自分の生活に直結するものしか興味を持たず、知ろうとしない。
地理も歴史も日本語もびっくりするくらい何も知らない。
そのくせゲームや芸能人のことは百科事典並みに知っている。
他人様の子も推して知るべしです。

清張に関しては本当に時代を無視して語れないと思いますね。
決して時代を超えないという意味ではないですが。
自分の生活以外に関心を持たない若者が多い時代に、そういうくっきり時代を映す清張が繰り返し作られることに対し、疑問を感じられるのはよく理解できますよ。
オカピー
2010/01/09 01:19
シュエットさん、こんばんは。

>原作
ふーむ、高校1年くらいの時に読んでいるはずですが、余り憶えていないんですなあ。「点と線」は倒叙ミステリーとしてかなり面白かった記憶がありますが、元来本格ミステリーから入った人間なので、ガキッチョの僕にはさほどの印象を残さなかったのでしょうね。

>火曜サスペンス
日本映画は昔から海が出てくるパターンが多く、ミステリーに崖が多くなったのは恐らくこの作品のせいにちがいありません。^^

>淡々と推理を語る久我美子がなぜか不人情にさえ
これは解りますね。
彼女はお嬢さんですから他の二人とは全然人種が違うわけで、純粋さ故の<不人情>といったところ。

>日本海・能登の寒々とした光景。
「鬼畜」も「疑惑」もやはり北陸の地勢が重要な要素でした。
オカピー
2010/01/09 01:30
オカピーさん、vivajijiさん。
エントリーの主旨からはずれた、しかも妙に正義漢ぶったコメントを投稿して申し訳なく思っています。
不快だったでしょうに、お二人が示された大人の対応と比較して自分のコメントの拙劣さに顔が赤らむ思いです。

もともと「砂の器」は原作そのものが、ハンセン氏病への差別と偏見を訴えることがテーマではなく、断ち切りたくとも断ち切れない宿命を表現するための“材料”として使われたように思えます。ですから、この病気に対する正しい知識なくこの小説を読むと、主人公親子に同情しつつもハンセン氏病に対して「不治の恐ろしい業病」という印象をもってしまいかねません。博学な清張さんも執筆当時では、世界に例のない日本政府の酷薄なハンセン氏病対策という実態までは考えが及ばなかったのかもしれませんが、原作・映画とも患者・元患者にとっては、決して好ましく感じられるものではないでしょう。
私は数年前にDVDで鑑賞したのですが、冒頭にハンセン氏病についての説明〜感染力も弱く、第二次大戦後は薬で直る病気となった〜というようなテロップが入ってました。おそらく、今出ている原作本にも同様の注釈が添えられていると思われます。

もちろん、これは小説・映画の価値とは別問題で「だから『砂の器』はだめ」などというつもりは全くありません。私の前コメントが「砂の器」を語る上でいかに的はずれだったかを反省する意味であえて述べただけです。(続きます)
ぽむ
2010/01/10 01:41
ところで、私はリメイクのTVドラマは全く見なかったので、昨日友人から聞くまで知らなかったのですが、このドラマでは「ハンセン氏病」は全く出てこなかったそうです。「父親が犯した多数の村民の殺傷という罪」になっていたとか。前述したように「ハンセン氏病」は宿命を表現するための“材料”として使われたという視点で考えると、別のことに置き換えもわからなくはないですし、下手すると「ハンセン氏病」への偏見を助長しかねないので避けたのでしょうが、それなら最初から作らなければいいのにと言いたくなってしまいます。

一方、「ゼロの焦点」の「パンパン」は「材料」ではなく、もっと必然的な意味を持っているように思えます。戦争によって人生を狂わされた女たちや占領軍の問題などです。しかし、今の時代にそれが伝わるかははなはだ疑問です。彼女たちにとってその過去は、人を殺してでも隠したいものであるという重みが、今の若い観客に理解できるように作れるでしょうか。vivajijiさんがおっしゃるように「過去を知られたくない金持ち奥様の隠蔽犯罪」になってしまいそうです。もっとも私もこの小説がお気に入りだった母に勧められて読んだ原作も子供の頃見たドラマ版もあまり好きにはなれませんでした。やっぱりなんというか「古いな」という感じで。

それにしても、最近は70年代あたりの名画・名作ドラマの安易なリメイクがやたらと多いですね。日本だけでなく、ハリウッドも過去の名作や外国映画の焼き直し、シリーズものが次々製作されています。「リメイクがオリジナルを越えることはまずない」とよく言われますが、確立された名声に乗っかって楽にヒット作品を作ろうという姿勢から良い作品ができるはずがないのではと思います。
ぽむ
2010/01/10 01:43
ぽむさん、こんばんは。

>断ち切りたくとも断ち切れない宿命を表現するための“材料”
そう思います。

>患者・元患者にとっては、決して好ましく感じられるものではないでしょう。
実際、ハンセン氏病に関する解説を付けることで映画として発表されることが患者側から認められたようです。

>「ハンセン氏病」への偏見を助長しかねないので避けた
そうでしたか。
それなら敢えて作らなくて良いですね。

>パンパン
彼女たちをテーマにした小説や映画は当時たくさん書かれたり作られましたが、その当時の作品の大半は寧ろ「女性のたくましさ」が主題になっていて、悲壮感はなかったんですよね。
しかし、決して誉められる仕事ではないですから、出世したことによって、隠す必要が出てくるのは人情として解ります。
それにしても、今回のリメイクではどうなっているのでしょうか?
怖いような気がします。

>安易なリメイク
話の創作に限界があるとしても、ハリウッドのリメイク頼りは異常な気がしますよね。
70年代の映画はしっかり観ているので、映画を観る前にお話を知らないことにしている僕なんかにはえらい迷惑ですよ。それだけで面白さの半分くらいはすっ飛んでしまいます。

>「リメイクがオリジナルを越えることはまずない」
それは観客の気持ちの問題も少なくないわけですが、実際の出来栄えも越えていないと思って間違いないですね。
オカピー
2010/01/10 18:25
オカピーさん、こんにちは。
久しぶりに今日(土曜日)は休めたので、「ゼロの焦点」のDVDをレンタルしてきましたよ。
>ヒロインが真相に近づいていくのには疑問符・・・
昭和ですからね。
男女共同参画とか雇用機会均等など叫ばれず、ましてネット、TVでさえまだ普及する前の時代でも(いやだからこそ)、実はハングリーで、女性でも自立心も好奇心(とういうにはもっと深刻な題材ですが)も旺盛だったのだと、そして、個人情報の保護の規制もなく、素人探偵も可能だったのだと、わたしは思ってしまいました。今回は少しオカピーさんとバッティングかな?(笑)
トム(Tom5k)
URL
2010/01/30 15:35

ぼろぼろにされて復興に賭けていた時代。そのなかで、すねに傷のある、たたけば埃が誰からも出てくる時代、日本人の大半は消したい過去を持っていたのではないでしょうか?
それこそ、当時の日本でアラン・ドロンがもてはやされた大きな理由のひとつだったとも思います。
ともあれ、旧「ゼロの焦点」、あまりにリアルであると・・しかしながら、当時の日本では普通に撮って一般的な作品。つまり目立った名作になりえなかった時代という意味で・・・(やっぱ、オカピー評6点・・妥当かあ(笑))。
そんな意味で、今観ると、古いという印象や感覚になってしまうのでしょうね。でも、わたしにおいては、昭和のエネルギーたくましさ、昭和の哀しみや切なさ、昭和の情緒・・・体感できました。
新作は新作で素敵な作品でしたが、リアルに描こうとしながらリアリティに欠ける作品となってしまっていたような印象でした。
では、また。
トム(Tom5k)
2010/01/30 15:35
トムさん、こんばんは。

相変わらず忙殺されているようですね。

>素人探偵
僕が拘っているのはあくまでミステリーとして素人探偵のあり方でして。
本作の場合も警察の初動捜査が余りにも杜撰で、僕のように大して頭の良くない人間でもちょっと変ではないかなというのは、ヒロインに調査させるというモチーフが先行しすぎてそちらがないがしろになったのではないかという気がするからです。
清張さんの原作にももう一度当たってみたいのですが、映画では絵があるだけに余計に本当らしさの欠如が気になるかもしれません。

いくら清張さんが人間を見つめると言ってもミステリーとして穴があっては本末転倒でして・・・やはり原作を読み直す必要があるなあ。(笑)
昔観た時は双葉式で☆☆☆★★(7点相当)を付けましたが、今回観たらちょっとがっかりで★一つ差し引きました。

>新作
一応どうなっているか観たいのですが、恐らく1年後。^^;

そう言えば昨日「山峡の章」という清張ものをTVでやっていましたね。
心中に見せかける殺人事件は「点と線」、若い妻が自ら調査を始めるのは「ゼロの焦点」、夜の蝶に変身するのは「霧の旗」・・・という合わせ技で、清張さんもネタには苦しんでいたことが伺われます。^^
菊川怜が相変わらずの大根ぶりでした。^^;
オカピー
2010/01/31 01:20

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