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zoom RSS 映画評「影の車」

<<   作成日時 : 2010/01/22 11:56   >>

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☆☆☆★(7点/10点満点中)
1970年日本映画 監督・野村芳太郎
ネタバレあり

松本清張の短編集「影の車」所収「潜在光景」を野村芳太郎が映画化した異色サスペンス。三十年ほど前初めて観た時はかなり怖さを感じたものである。

なかなか映画の長さにふさわしい小説はないもので、大抵長編の場合はどう取捨選択するか、短編では逆にどう膨らますかが脚本家の腕の見せ所になる。「潜在光景」はまともに映画化すると1時間にさえ満ちそうもない短編なので、脚色に当った橋本忍がどう膨らませたか注目してみる。

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東京の郊外、旅行代理店の係長・加藤剛が通勤バスの中で大昔近所に住んでいた女性・岩下志麻と再会する。後日再び会ったので、うら寂しい場所に立つ彼女の家に寄ってみることにする。彼女には6歳の子供があるが、数年前に夫を亡くしているし、彼自身も妻・小川真由美との関係が倦怠的になってきているので足繁く通うようになる。

原作では妻に関する詳細な情報は入って来ないが、それでは観客に対して説得力がないので、結婚して10年経ち子供のない妻が彼の言動に殆ど関心を持っていないことを序盤の内に示し、彼女が保険外交員をする女性に傾くことに関して説得力を持たせている。

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さて、通常のサスペンスなら後半は邪魔になる妻を殺すとか、うるさく迫る愛人を殺すといった展開になるのだが、本作は全く違う。初めて観たなら相当異彩を放つ作品と感じるはずである。

つまり、加藤は少年に“猫いらず”の入った饅頭を食わせられたり、ガスで充満する部屋にとじ込めらたり、最後に薪を割る斧で襲われようとした為に逆襲して殺人未遂を犯して逮捕されてしまうのである。
 少年の殺意について多少漠とした印象を残す原作に対して、橋本脚本は三人がレンタカーで旅をする様子を追加し、そこで明確に少年の主人公に対する憎悪が発生する瞬間を描き、殺意への説得力を増す工夫を巡らしている。文章では許される曖昧さも映像では許されないことを僕もよく経験しているので、これは当然のアイデアであろう。

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本作の面白さの核は、「6歳の子供は殺意など抱かない」という警察への反証として6歳の時に自分が母親の愛人となった叔父を殺した旧悪を警察に告げなければならなくなる主人公のジレンマである。この告白への布石を、現在の客観映像と三十年前を思い起こす主人公の主観的映像(ソラリゼーション気味の加工映像、上の画像参照)のオーヴァーラップを畳み掛ける中盤の演出により原作よりはっきりと置いているのが、もう一つの本作の特徴。映画ならではの工夫と言えるが、強く印象付けられる為に結末で原作ほどハッとさせられない逆効果も認められる。

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思うに、本作は「天城越え」と同じモチーフではあるまいか? かの少年は母親の愛人である叔父を殺す代わりに娼婦を汚した土工を殺害したと僕は考えている。本作はそれをミステリーではなく、襲われる側の立場に立ったサスペンスとして再構築したのである。こちらの少年は道徳的な理由からではなく自分の歓びを奪うが故に、(不道徳な)邪魔する大人を排除しようとするのだ。キリスト教的に考えれば、そこには天の配剤がある。少年時代に自分が与えた災難を大人になって受ける側に回るのは「鬼畜」と逆の構図。

この三作及び「砂の器」の相互のテーマ的関連性は非常に高く、続けて観るとそれが明確に浮かび上がり誠に興味深い。1970年代から80年代にかけてばらばらに観た僕はうかつにもこの関連性に全く気が付かなかった。

主人公は刑務所には行かないのでしょうな。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
「影の車」
1970年/日本/98分 監督: 野村芳太郎 原作: 松本清張 脚本: 橋本忍 撮影: 川又昂 音楽: 芥川也寸志 出演: 加藤剛/岩下志麻/小川真由美/滝田裕介/岩崎加根子/芦田伸介松本清張生誕100周年企画としてWOWOWで放映されている松本清張原作の映画。 「天城越え」「砂の器」「鬼畜」など再鑑賞してみて、大人たちをじっと見つめる少年たちの、じっと口を閉じ何も言わない彼らの胸の中でどのような感情が生れ膨らんでいっているのか、続けて鑑賞してみると、子供たちの視線を鋭く... ...続きを見る
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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
TBありがとうございました。
最近はゆるりモードで行きましょうと、週末はお休み、まずは自分の記事更新をもっぱらに、そんなスタンスでいかんと続かんなと思っておりまして、お返しが遅くなりました。だもんで、P様もどうかすると一週間ぶりにお邪魔して時にはあちこちに…ということもありますので、ご容赦を。
さて、本作。
物言わぬ子ども。物言わぬのは自分の感情を捉え、表現する媒体となる語彙の未熟さゆえ。だからこそ周囲の大人たちをじっと観察する、その感覚は鋭いものがあるし、冷ややかに見ているところがある。私自身の子ども時代を振り返ってみても、常々そう思っている。
そこを鋭くついて、人間の業とも原罪ともいえるテーマを描いた清張は凄いなって思う。
子どもに限らず、社会的弱者として発言を押さえつけられてきた貧しい民たちも然り。一連の作品を観ていて、清張の社会的弱者を通してこの世の中の不条理に対する憤りのようなものさえ感じます。
シュエット
2010/01/26 13:31
シュエットさん、こんばんは。

TBだけですみませんです。<(_ _)>
父親が11月頃から急激に弱り、母親が年末に負傷し、自分も依然病院通いという状態で、悲鳴を上げております。
月に残業を100時間もして年間400本観た実績のある僕ですから、何とかなるでしょうけど、映画評も他人様に見せるとなると事情が違って、肩が凝りますよ。(笑)

>そんなスタンスでいかんと続かんな
そうですとも。
以前から心配しておりましたから、却って良かった。

>私自身の子ども時代
僕は今、そういう感じで親を観ていますよ。
物は言いますけどね。(笑)

>社会的弱者
何かの記事で書いたように、清張は社会派推理と言われますが、社会派というのは山崎豊子みたいなのを言うのではないかと思うわけでして、彼はやはり社会そのものよりそうした社会が生み出した人間を観ていた気がしますね。
その山崎女史は僕と違う意味で「松本清張は社会派でない」と仰って(批判して)いるようですが。
オカピー
2010/01/27 00:41
>その山崎女史は僕と違う意味で「松本清張は社会派でない」と仰って(批判して)いるようですが。
新聞に載っていた。映画感想でもちらりとそのこと書いている。
「女松本清張」と言われることへの反論でもあるでしょうね。
松本清張には国家という意識がないと思うとかそんなことを確か語ってらしたかと。
>社会そのものよりそうした社会が生み出した人間を観ていた気がしますね。
今回。連続して清張原作の映画をみていて、そういうことが改めて(私の中で)くきっと見えてきたように思います。
私はやっぱりどちらかというと清張が好きだな。
今村昌平もひたすら人間に執着し、人間を描き続けた映画作家。やっぱり好きだな。
シュエット
2010/01/27 14:16
シュエットさん、こんばんは。

山崎女史は読んだことがないので軽々には言えないのですが、山本薩夫監督が映画化した作品から判断すると、社会問題の提示まではするが、その先にまでは及んでいないし、核となる人間が表面に出て来ない恨みがあって、面白いことは面白いですが、清張の映画化作品に比べると人間存在の重さが出て来ないところが物足りない。
国家を作るのも人間ですから、人間から入っていったほうが観客の感情に訴えるでしょう?

ある心理学者が仰っていましたが、ヒッチコックの人間洞察は正確無比だそうですよ。
オカピー
2010/01/28 01:28
オカピーさん 久しぶりにコメントします。
ボク自身 幼いときの環境と似てますね・・・

もう母は亡くなりましたが 子どもの頃 母ひとり子ひとりの母子家庭で育ちました。 そのためか マザコンの気が あったと思います。

 母が勤めてたレストランのお客さんで意気投合した男性がいたんです。
昔のアパートに住んでいたとき、その男性がたずねてきて母と過ごしたことがありました。 雰囲気的には ただくつろぎに遊びにきただけの雰囲気でしたが

もしかししたら 幼いボクが 寝静まった頃に・・・大人の時間ってヤツで セックスをしていたかも知れません。

小さいときに 現場を見ていたなら「お母さんを取らないで」っと ショックだったかもしれません。
でも、大人になった今 母が その男性と肉体関係にあっても汚らわしいとか ぜんぜん思いません。

女性ひとりで息子を育てるのは大変です。ほんの少しの心と体の安らぎがあってもいいと思ってます。その男性は ボクのコトもやさしく接してましたから 悪い気はしてません。

 母は その男性とは別れたみたいですが
たとえ肉体関係があっても 心はボクのコトを思ってくれていたはずですし、

それに そういう 母親と肉体関係にあっても・・・ふだんの生活では 職場で汗や油で真っ黒になってがんばったり
 実の親を思っていたり、 近所の子供にやさしかったり 私生活 職場ではただの人 気のいい人みたいなのが多いです。

そんな男性だって 一人の"男"なんだから 女性に 触れたっていいじゃないか・・・って。 

ボクは 母と関係持ってたとしても その男性を憎めません。 オカピーさん ボクって お人よしの甘ちゃんでしょうか?

・・・
zebra
2013/05/20 18:16
zebraさん、こんにちは。

当方、自分は一途だから他には目もくれません(笑)が、先に結ばれた人が人間的に問題があったり、運命の出会いということもありますから、不倫もとりたてて問題ではないと考える方です。
まして亡くなった後なら全然問題ないでしょう。

本作の子供は、当然道徳といった意識はなく、単なる独占欲に基づく行動なんでしょうね。殺意まで抱くのは現実社会ではなかなかないと思いますが。
オカピー
2013/05/20 20:54
zebraさん

上の文章で一部訂正あります。

>まして亡くなった後なら
これは
“まして一人になった後なら”
等の言い間違いです。
オカピー
2013/05/21 17:54

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