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☆☆☆☆(8点/10点満点中) 1970年フランス映画 監督フランソワ・トリュフォー ネタバレあり フランソワ・トリュフォーの自伝的シリーズ、アントワーヌ・ドワネルもの第4作。 前作「夜霧の恋人たち」で結ばれたアントワーヌ(ジャン=ピエール・レオー)がクリスティーヌ(クロード・ジャド)と正式に結婚した直後から始まる。 彼女が「お嬢さん」と呼びかけられると「マダムよ」と一々訂正させる開巻からウキウキした気分が満点、足だけを捉えていた映像がやがて全身を捉える。呼吸の良さで、いとも簡単に映画の世界に引き込んでしまう。 職業を次々と変えるのを特技としているアントワーヌは現在はアパートの下で花屋をしているが、花を爆発させてまたまた転職する。アメリカ系の造船会社に勤め、模型の船をラジコンで動かす仕事に就く。 「隣の女」のジェラール・ドパルデューも似たような職業だったが、禄に英語も出来ないのに運良く就職出来てしまう辺り、前作のとぼけた可笑し味が継続されている。 ここで知り合ったのが日本女性・山田キョウコ(松本弘子)で、日本風の行儀に苦労するなど数々のユーモアを挟みながら、この辺りから真剣なトリュフォーの姿が垣間見えるようになってくる。 例えば、この浮気が元で妻と別居することになる。これはプロデューサーの娘と結婚して上手く行かなかったらしい自身の過去に基づくものだし、小説を書き始めた彼が彼女から「少年時代の悲劇をテーマにしたものなんて読まない」と宣言されてしまう。これは自身の長編第一作「大人は判ってくれない」への自己批判としての台詞である。 そもそも彼がクリスティーヌを選んだのも自分とは正反対に家族愛に恵まれた娘であるからであると、映画の中で主人公に告白させている。この辺りは実はかなり辛い言葉である。 幕切れでは結婚へシニカルな視線を投げている。 トリュフォーは本作では同じようなショットを繰り返すことでリズミカルに展開してきたが、ここでの繰り返しは別の効果がある。 例の浮気騒動から1年後アントワーヌは待ちくたびれてドアの前で熊のように右に行ったり左に行ったり、やがてクリスティーヌのコートやバックを階下に放り投げる。そこに初老の夫婦が通りかかり、細君がクリスティーヌにコートをかける。これは実は新婚早々の時に全く逆のことを彼らがやっていたのだ。細君が「愛し合っているのね」と言うと、夫君は渋い顔。トリュフォーはこの顔をストップモーションで撮る。茶目っ気がたっぷりだが、結婚へのシニカルな考えが滲み出る。 トリュフォーの映画への愛情が滲み出るものとしては、「ローレル&ハーディー」みたいだというアントワーヌの台詞やジョン・フォードの「シャイアン」が映画館にかかっているショットなどがあり、日本娘が日本語で残した言葉「勝手にしやがれ」には笑い転げた。勿論トリュフォーの脚本作で、ジャン=リュック・ゴダールの傑作の題名である。但し、そのフランス語訳は映画の原題とは違う。その意味では日本人だけが楽しめたギャグであります。 トリュフォーに詳しくない方は結婚をカリカチュアしたライト・コメディーと観ると良い。フランス流のとぼけた笑いと、彼ならではの茶目っ気に横溢していて、傑作と称することを憚らない。これをシリアスな映画と同じスタンスで観たら、その本質を見失うことになる。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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<家庭>
1970年 フランス・イタリア 97分 原題 Domicile conjugal 監督 フランソワ・トリュフォー 脚本 フランソワ・トリュフォー クロード・ド・ジヴレー ベルナール・ルヴォン 撮影 ネストール・アルメンドロス 音楽 アントワーヌ・デュアメル 出演 アントワーヌ・ドワネル:ジャン=ピエール・レオ クリスチーヌ・ドワネル:クロード・ジャド リュシアン・ダルボン:ダニエル・セカルディ ダルボン夫人:クレール・デュアメル ... ...続きを見る |
楽蜻庵別館 2006/10/03 00:44 |
家庭
『家庭』(1970) ...続きを見る |
にじばぶ日記 2006/11/18 19:21 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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「逃げ去る恋」のレビューで思い出しました。 |
かよちーの 2006/11/06 00:24 |
かよちーのさん、こんばんは。 |
オカピー 2006/11/06 02:08 |
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