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<<   作成日時 : 2006/08/02 14:31   >>

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☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1962年イタリア映画 監督ミケランジェロ・アントニオーニ
ネタバレあり

この作品が公開された時故・開高健に「純文学とも言えるこういう映画に客を集めるアラン・ドロンの人気は凄まじい」と言わせた程ドロンの人気は圧倒的であった。人気の火付け役になった出世作「太陽がいっぱい」の影響力も相当なもので、60年代前半には邦題に「太陽」をつける配給会社が急増、この作品の配給会社も原題「日食」を考慮しつつもやはり「太陽」を意識したはずである。
 同じ文章の中で彼は「映画は本のように途中で止めてまた観始めることはできない(のにかかる難しい映画を観る)」とも言っているが、時は流れビデオやDVDの普及で映画も書物と同じ感覚で扱えるようになった。しかし、呼吸や流れを味わうべき映画は書物と違って連続して味わうことで初めて価値があるので、極力分けて観るのは控えたい。

さて、ミケランジェロ・アントニオーニの「情事」に続く<愛の不毛>第二作である。
 主役は勿論このシリーズのミューズ的存在モニカ・ヴィッティで、3年越しの恋が破局したばかりの彼女が、投資に熱中して証券取引所に入りびたりの母親に会いに行った時に若い株ブローカーのドロンと知り合い恋に落ちるが、この恋も不毛なものに違いない。

物語は実に単純なものだが、何度観ても楽しめる。内容ではなく、映画的に面白いのである。
 特に、モニカが独りで歩く時のショットの構成が大変面白い。数秒単位で切ったショットをロング、セミロング、ミディアムで繋いで構成している場面が幾つかあるが、後ろ姿を交えて孤独感の醸成が際立つ。
 彼女や二人が彷徨う場面の、核戦争後の世界を描いた「渚にて」を思わせる異様に静かな街並みが印象深い。静かだが廃墟の静けさとは違う。煙突から煙は出ているし、生活水は流れている。時には人ともすれ違うが、却って空虚なムードは増す。これは第3作の「赤い砂漠」とも共通するが、モノクロのこちらの方が迫力があり、トータルとしては「情事」よりもこちらを推す。

アントニオーニについての考察は他の人に任せるが、映画を観ながら彼は何故60年代だけにパッと輝いたのかと考えていた。
 勿論モニカ・ヴィッティというけだるい表情の女優との関係もあろうが、人のいない街並みを見ていて、冷戦構造と無関係ではなかろうと思い始める。正しく天啓だったのかもしれないが、終盤アントニオーニは「核」という言葉を新聞に躍らせる。70年代雪解けムードの中で彼の<不毛><虚無>といったテーマがしおれていったのではないか。

それから主題歌が大好きだった。70年代実物を見る前から知っていた程インストゥルメンタル版が大ヒットしたが、映画では中途半端な形でしか使われていない。

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『太陽はひとりぼっち』〜「愛の不毛」と「ネオ・リアリズモ」〜
 旧ソ連の革命映画の作家エイゼンシュテインは、カール・マルクスの『資本論』の映像化を目指していたといわれています。そのための創作ノートは、すでに発見されており(日本版「エイゼンシュタイン全集第4巻」所収)、いくつかの断片的な作品へのイメージが残されていたそうです。  『資本論』は、世界中の映画人に多くの影響を与えました。ハリウッド映画でも、チャーリー・チャップリンが『モダン・タイムス』(1936年)で、「剰余価値」が生み出されいく過程でのプロレタリアートの搾取形態と、プロレタリアートが精神疾患... ...続きを見る
時代の情景
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2006/08/04 11:08
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『太陽はひとりぼっち』(1962年) 上映時間:124 分 製作国:イタリア/フランス ジャンル:ドラマ/ロマンス ...続きを見る
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太陽はひとりぼっち ...続きを見る
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『太陽はひとりぼっち』C〜アントニオーニ作品について にじばぶさん と語る〜
2007年6月17日付けで、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の作品について、わたしのブログ仲間のおひとりにじばぶさんと、たいへん有意義なお話ができましたので、ご紹介いたします。 ...続きを見る
時代の情景
2007/06/19 00:46
「太陽はひとりぼっち」ヒットしそうにないヒット作
監督 ミケランジェロ・アントニオーニ(1962年) アントニオーニの作品なので当然好き嫌いが分かれる。私は好き、というより同情的に観てしまう。変な言い方だが、つまり「とても良いけど、もう少しわかりやすくしないと売れないよ」と言ってあげたくなる作品である。 ... ...続きを見る
ももたろうサブライ
2007/07/28 23:21
【映画】太陽はひとりぼっち
1962年 伊 原題《L'ECLIPSE》 監督 ミケランジェロ・アントニオーニ DVDで鑑賞 出演 モニカ・ヴィッティ アラン・ドロン  ...続きを見る
しづのをだまき
2009/02/01 00:06

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
嬉しいです!この作品取り上げていただいて!(まるで私が作った映画みたいに聞こえますが)アントニオーニの1番はヒネクレておりますから「砂丘」だと言ったらプロフェッサーに笑われそう。(笑)2番目が本作です。M・ビィッティのアンニュイで無機質な雰囲気が効を奏してアントニオーニの輝いていた時期ですね。先日「さすらいの2人」を観たばかりでした。・・・最後の「じゃ、また連絡するよ!」のドロンのいとも軽い言葉は“絶対、この先2人は逢うこともなければ勿論連絡など決してしない”という余韻を残す台詞でしたね。鑑賞後は「さあ、お腹空いたからラーメンでも食べに・・・」そんなことは絶対!絶対!思い浮かばない“気だるい”映画でした。大好きな作品!
viva jiji
2006/08/03 09:37
viva jijiさん
「砂丘」と言えば、私の場合ピンク・フロイドになってしまいます。まだフロイドが大化けする前に彼らが作った映画音楽ですが、結局三つのナンバーしか使われなかったという話。
一回しか観ていませんが、その時は楽しめた印象があります。しかし、大昔ですし、ディテールは飛んでいますね。今や珍品ですので、DVDでも買わないと観ることはできないでしょうねえ。
「さすらいの二人」になると、もうつまらなかったという記憶しか残っていません。マリア・シュナイダーは女優として今一つですし。
私はこれが一番。どこまでも虚無的な感じがじわりと来ます。続いて「欲望」「さすらい」「夜」といったところで、「情事」は今のところ見極めていない、かもしれません。
オカピー
2006/08/03 22:25
>オカピーさん、このような作品にまで言及されて凄いですね。
>アラン・ドロンの人気
彼の主演による作品の人気、確かにそうでしょうね。公開当時の話題は凄かったらしいですよ。ドロンも作品も日本人に合っていたのでしょうね。そして現在、意外にこの作品を取り上げているブログの多いことにも驚かされます。公開当時のファンは現在では60〜70代、ブログ世代は20代〜40代、驚くべき作品ではないでしょうか?
>映画的に面白いのである・・・
これもおっしゃるとおりで、わたしの受ける感覚も、これらの作品のシャープな映像と独特のショットによる情景描写等によって(陰鬱で退廃的な雰囲気であるにも関わらず)、心が解放されるんです。真夜中にコンビニにいったような感覚とでもいいましょうか?
>70年代雪解けムードの中で彼の<不毛><虚無>といったテーマがしおれていったのではないか。
とのこと。これも、おっしゃるとおりだと思います。もし今現在「太陽はひとりぼっち」を撮るとすれば、どのようなものになるのでしょう?何だか恐いですね。
トム(Tom5k)
2006/08/03 23:18
トムさん、コメント有難うございます。
この作品自体がちょっとカルト的になっているのかもしれません。アクセス数が予想外に多いです。不思議な感じがします。少なくとも初公開当時に比べて<難解>というイメージは減っているのではないかと思いますね。
恐らく50−60年代には核戦争への恐怖が寧ろ今より取り沙汰されていて、それが世界的なムードになって居たのでしょう。アントニオーニはそれをうまく市井のレベルに引き下げて描き、成功したのでしょうね。
落ち込んでいる時に観る作品ではないという評価もありましたが、私はいつ観ても面白いと感じてしまいます。
オカピー
2006/08/04 14:18
オカピーさん、こんばんは。
今回の記事更新でにじばぶさんとの対談?を載せまして、オカピーさんのこちらの記事に直リンクさせていただいています。事後報告でごめんなさい。お暇なときに覗いてみてください。
では、また。
トム(Tom5k)
2007/06/19 00:49
トムさん、こんばんは。

コメントの交換を記事にするのは新しい試みで面白いですよね。私は当意即妙な反応がなかなか出来ないので、どうかなと思いますが、「深夜の告白」での交換はなかなか面白いかもしれませんね。登場人物が複数ですけれど。

にじばぶさんのアントニオーニへの傾倒も凄いですね。「愛の神、エロス」でアントニオーニを酷評しましたが、あながち間違っては居ないとおもいますね。つまり、アントニオーニは少なくとも【愛の不毛】スタイルでいる限りは短編は向かない、ということです。文学者にもそういう傾向がありますよね。長編が得意な作家、短編が得意な作家と。
オカピー
2007/06/19 02:08
オカピーさん。どうも。
記事更新より、コメント交換のほうが面白いのかなあ?きっと基になる題材がしっかりと存在しているからなんでしょうね。
そうそう『深夜の告白』のコメントは、凄かったですね。オカピー家のブログだからこそ、あんなに白熱したのかもしれません。
>「愛の神、エロス」でアントニオーニを酷評しましたが、
ブースカさんの家でのお話ですね。確かにアントニオーニの先鋭は衰えていたように思っていました。それが年齢や経験からの枯れだと思っていましたが、短編だからとは・・・。確かに収める時間の枠の影響も少なくないのでしょうね。逆にゴダール作品なんて短編に近い傑作ですものね。あれが200分とかだったら、頭がおかしくなりますよ。
う〜む、オムニバスの巨匠デュヴィヴィエを思い出しますね。
全く確かに確かに。なるほどです。
では、また。
トム(Tom5k)
2007/06/21 01:37
トムさん、こんばんは。

アントニオーニが短編に向かないというのは私独自の考えですが、1シークェンスが長い印象がありますね。「愛の神、エロス」の場合はほんの2,3シークェンスで終ってしまったから何が何だか解らない、長編映画の一部を切り取ったような感じでした。
それに年齢によるものと、時代性でしょう。彼の不毛はやはり冷戦時代に作られて意味を成すもの、と。

そうそう、デュヴィヴィエは小回りが利きました。アメリカで作った「運命の饗宴」は必ずしも巧くは行っていませんが、それでもさすがという力を見せましたね。
オカピー
2007/06/22 04:17
何度観ても面白いとおっしゃるのは、本当ですね。
私も何度見たことか、多分4度目だと思いますが、
ブログを始めたお蔭で、感想を書く勇気を奮い起こせました。
Bianca
2009/02/01 00:29
Biancaさん、TB&コメント有難うございました。

>4度目
僕もこの時が4度目だったと思います。
ストーリーの面白さではなく、映画としての面白さと言うのでしょうか。
モニカ・ヴィッティがただ歩くだけでも面白い(などと言うと馬鹿みたいですけどね)。
こういう映画は古びませんね。
アントニオーニ自身は現在への対応を間違えたような気がしないでもないですが。
オカピー
2009/02/01 02:50

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